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産業医 関谷 剛 メッセージ

傷病手当金~産業医が教える医学的判断~

統括産業医の関谷です。
梅雨を迎え、気温と湿度の上昇で体調を崩しやすい季節になりました。5月の連休明けから続く「なんとなくの不調」が長引き、医師から「しばらく休養が必要」と診断されるケースも少なくありません。そんな時、多くの方が真っ先に不安に思うのが「休んでいる間の収入」のことです。 日本の社会保険制度には、病気やけがで働けなくなったときの生活を支える「傷病手当金」という心強い制度があります。
「先生、今の状態で傷病手当金はもらえますか?」
「いつになったら職場に戻っていいと判断されますか?」
産業医として契約先企業の従業員の皆様との面談する中で、多く受ける質問です。傷病手当金は単なる事務手続きではなく、医師による「労務不能(仕事ができない状態)」という医学的判断がすべての起点となります。
しかし、この「労務不能」の基準は、実は一律ではありません。今月は、産業医である私がどのような視点で皆さんの健康状態を評価し、再起への道筋を描いているのか、その「判断の基準」を具体的にお伝えします。

【1】傷病手当金とは

傷病手当金は、健康保険の被保険者が病気や怪我のために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に支給される手当です。
■受給するための条件■
傷病手当金を受け取るには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。

①業務外の事由による病気や怪我での療養であること
仕事中や通勤中の場合は「労災保険」の対象となります。
②仕事に就くことができない(労務不能)こと
医師が「現在の仕事ができる状態ではない」と判断した証明が必要です。
③連続して3日間休み、4日目以降も休んでいること
最初の3日間は「待機期間」と呼ばれ、手当は支給されません。
④休業期間中に給与の支払いがないこと
給与が支払われていても、手当金の額より少ない場合は、その差額が支給されます。

【2】産業医は「労働不能」をどう判断しているか

傷病手当金の支給申請書には、通常「主治医」が労務不能の証明を記載しますが、厚生労働省通知では、一定の場合に産業医が意見書を作成し、保険者が判断材料とする取扱いが示されています。疾病の種類や状況によっては、主治医の判断に加えて産業医の意見が求められることがあり、保険者の判断にあたっての参考情報となる場合があります。これまでの産業医としての経験を踏まえ、私がどう判断しているかをお教えします。

■症状と業務内容■
例えば「足を骨折した」場合、外回りの営業職なら労務不能ですが、フルリモートのデスクワークなら可能かもしれません。トラック運転手として働いていた人だと、足を骨折したら、トラックの運転は不可能ですから、労務不能と判断します。つまり、病状そのものではなく「その病状で、担当業務が遂行できるか」という相対的な判断を行います。

■治療の優先度■
無理をすれば出勤できる状態であっても、出勤することで治療が遅れる、あるいは悪化するリスクが高い場合、私たちは「医学的休息が必要」と判断し、手当金の対象となる旨を記した意見書を作成します。
傷病手当金の書類を作成するとき、私は皆さんの「人生の足跡」と「再起への願い」をペン先に込めています。 メンタル不調のある方は、自分を責めて「早く戻らなきゃ」と焦ってしまうことがあります。ただし、焦りが回復の妨げになる場合もあります。産業医である私が「まだ休むべきだ」と言うときは、皆さんの将来のキャリアを守るために、ブレーキ役を代わりに行っているのだと思ってください。

■客観的データ■
疾病の種類に応じて専門の医療機関を受診してもらい、各種検査を受けてもらい、主治医(専門医)に診断してもらい、疾病の重症度や回復までの見込み期間などが分かる診断書を作成してもらうようにします。
本人の「辛い」という主訴に加え、睡眠記録、食欲の推移、思考能力のテスト、あるいは外見的な活力(バイタルや表情)などを総合し、産業医として、必要に応じて保険者等に説明可能な医学的所見を整理し、主治医の診断内容とも整合する形で意見をまとめます。

【3】復職可否の判断基準

傷病手当金の受給を終え、復職する際の判断は、休業判断よりもさらに慎重に行われます。

■復職のハードル■
主治医が「日常生活が可能」と判断しても、会社の業務内容について理解している産業医は「職務遂行が可能」かを見ます。

1:担当業務の遂行
トラックの運転が業務の人なら、再びトラックを安全に運転できるか。
2:通勤負荷への耐性
ラッシュに揉まれて会社までたどり着き、デスクに座り続けられるか。
3:対人葛藤耐性
上司や同僚とのコミュニケーションに、脳が過剰反応しないか。

産業医としては「職務遂行」の基準は、入社時の雇用条件や現在の役職なども含めて判断します。部長職に就いていた人が、部長職に復職するなら、管理職としての職務遂行が可能であるかという判断です。

■段階的復職の設計■
無理にフルタイムで戻って再発するより、まずは短時間勤務から始めたり、出勤していた勤務をリモートワークから再開するという段階的復職(リハビリ出勤)という考え方を取り入れるケースもあります。
しかし、取引先や顧客との接触を全く行わない部署を探すのはなかなか難しく、会社で働きながらの回復には個人差があります。ならし勤務を行う場合は、主治医および産業医と相談し、症状の経緯や業務負荷を踏まえて再発リスクを評価したうえで、無理のない範囲で進めてください。
可能であれば、病状が安定し、就業に必要な機能が一定程度回復したことを医師が確認したうえで、ならし勤務を始め、徐々に業務の濃度を深めていくというステップアップが望ましいです。疾病の種類と業務の種類によって、ならし勤務のタイミングは変わってきますから、本人の状態を確認しながら、主治医や産業医と会社でしっかり話し合って判断してください。

【4】傷病手当金で参考になるサイト

厚生労働省 心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き
厚生労働省と独立行政法人労働者健康安全機構が発行しているパンフレットで、職場復帰支援の事例、休職から職場復帰に関わる就業規則の一例を掲載しており、各事業場において、実態に合った職場復帰支援プログラムの策定等が行われ、円滑な職場復帰支援が実施されることを目的として作られた資料です。

全国健康保険協会(協会けんぽ) 傷病手当金
傷病手当金の支給期間や支給金額の計算方法や資格喪失後の支給など、制度の仕組みについて分かりやすく解説したページです。

厚生労働省 令和4年1月から、傷病手当金の支給期間が通算化
2022年1月施行の通算化改正に関する厚労省の公式ページ。リーフレットPDFも公開されており、改正前後の支給イメージ図が掲載されています。社内研修や復職面談時の説明資料として活用できます。

全国健康保険協会(協会けんぽ) 電子申請サービス
協会けんぽでは、各種手続きについて、2026年1月よりインターネットを通じて申請することができる「電子申請サービス」を開始しました。協会けんぽが取り扱っている傷病手当金をはじめとする健康保険の主要な手続きについて利用することができます。

YouTubeチャンネル「関谷剛の産業医こぼれ話」 2026年6月『傷病手当金』
医師・産業医の関谷剛先生が、この通信と同じテーマについて解説した動画を毎月公開しております。文章だけでは伝わりにくい、病気予防のポイントや産業医としての経験談などを自らの言葉で説明しています。YouTubeチャンネルで御覧頂けますから、事業所でもご家庭でもぜひ御覧下さい。

あとがき

「病気で休む」ことは、決して「怠け」でも「負け」でもありません。将来的に長く、健康に働き続けるための「戦略的休息」と考えましょう。経済的な裏付けを確認した上で、安心して「休む勇気」を持ってください。もし体調に不安を感じたら、一人で抱え込まずに早めに産業医に相談してください。(産業医 関谷剛)

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