デスクワークの職業病〜腰痛とVDT症候群〜

9月に入り、朝夕は少ししのぎやすくなってまいりましたが、人事労務や管理職の皆様におかれましては日々の従業員ケアに尽力されていることと存じます。
職業病の歴史をひもとくと、古代中国や江戸時代の鉱山労働における深刻な呼吸器疾患、あるいは戦後の高度経済成長期における有害物質中毒など、その時代の産業構造の変化とともに、特有の「職業病」が存在してきました。そして現在、IT化が急速に進んだ社会環境において、オフィスワーカーの健康を静かに、しかし確実に蝕んでいる新たな職業病が「腰痛症」と「VDT症候群(情報機器作業による健康障害)」です。
今月は、座って画面を見続けるだけの作業が、なぜ身体を蝕むのか、その科学的メカニズムと、最新のガイドラインに基づく防衛策について解説します。
[Ⅰ]PC時代の新しい病気
オフィスワークが中心の現代において、重い物を運んだりする肉体的な負荷がないにもかかわらず、労働衛生上の課題は急増しています。
■労働災害の6割を占める腰痛
厚生労働省の「業務上疾病発生状況等調査」によれば、負傷に起因する業務上の疾病の中で、実に約6割を「腰痛」が占めています。かつては重量物を扱う作業特有のものとされていましたが、現在は長時間の不適切な座位による「デスクワーク型腰痛」が蔓延しています。
パソコンなどのディスプレイなどのVDT機器(Visual Display Terminals)を長時間連続して使用することによって、身体的疲労などがみられることから、かつてVDT症候群と呼ばれた症状は、現在、厚生労働省により「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」として再定義されています。同省の調査では、情報機器作業を行う労働者の約7割が身体的な疲労や症状(目の疲れ、首・肩の痛みなど)を訴えており、放置すれば生産性の大幅な低下を招く深刻な事態となっています。
[Ⅱ]なぜ座って画面を見るだけで病気に?
一見すると安全で快適に見えるデスクワークですが、医学的・生体力学的な視点で見ると、実は人体に非常に大きな負荷をかけています。WHO(世界保健機関)の報告や国際的な学術誌で指摘されている科学的メカニズムを紐解きます。
■眼精疲労と自律神経の乱れ
私たちがパソコンやスマートフォンのモニター(発光体)を集中して見つめる時、無意識のうちにまばたきの回数が激減します。通常、人間は1分間に約15〜20回のまばたきをしますが、画面注視時はこれが3分の1(5〜6回程度)まで低下します。
人事労務としては、以下の施策を通じて二次検査への後押しする仕組みを作りましょう。
まばたきの減少により涙液が蒸発し、目の表面が傷つきます。さらに、至近距離にピントを合わせ続けるため、目の奥にある「毛様体筋」という筋肉が常に緊張(痙攣)状態となり、これが頭痛や首・肩の激しい凝りを引き起こします。
[2]ブルーライトと体内時計の破壊:
モニターから発せられる強い光(ブルーライト)は、網膜を強く刺激します。これが夜間まで続くと、睡眠を誘導するホルモンである「メラトニン」の分泌が抑制され、人間が本来持っている24時間周期の概日リズム(サーカディアンリズム、いわゆる体内時計)が狂い、不眠や自律神経の乱れといった全身症状を引き起こすのです。

■座位姿勢が椎間板に影響
「立っているより座っている方が腰は楽だ」というのは、生体力学(バイオメカニクス)の観点からは大きな誤解です。
整形外科学における著名な研究(スウェーデンの整形外科医ナッケムソン博士による椎間板内圧の測定)によれば、「椅子に浅く腰掛け、前かがみになる姿勢(典型的な不良デスクワーク姿勢)」は、まっすぐ立っている時と比較して、腰の椎間板に約1.8倍もの高い圧力をかけることが証明されています。
[2]ブルーライトと体内時計の破壊:
モニターから発せられる強い光(ブルーライト)は、網膜を強く刺激します。これが夜間まで続くと、睡眠を誘導するホルモンである「メラトニン」の分泌が抑制され、人間が本来持っている24時間周期の概日リズム(サーカディアンリズム、いわゆる体内時計)が狂い、不眠や自律神経の乱れといった全身症状を引き起こすのです。
[Ⅲ]科学的防衛策と環境改善
現代の職業病を防ぐためには、精神論ではなく、人間工学(エルゴノミクス)と国のガイドラインに基づいた具体的で、日常に根ざした対策が不可欠です。今日から職場で実践できる具体策を提示します。
■環境の最適化
腰痛を防ぐためには、背骨の自然なS字カーブを維持し、椎間板への圧力を分散させる姿勢の定着が必要です。座り方のチェックを表にしましたので、毎日のデスクワークで正しい姿勢が出来ているかを確認してください。
画面は目から「40cm以上」離し、視線が「やや下向き(水平視線より下方)」になるようディスプレイの高さと角度を調整します。視線が下を向くことで、まぶたが下がり、目の露出面積が減るため、ドライアイの予防に直結します。
●30-30-30ルールの導入:
ガイドラインでは「1時間の連続作業につき10〜15分の休止」が推奨されています。実務上は、日本眼科学会でも示されているような分かりやすい考え方として、画面を目から30cm以上離して、30分連続して見たら画面から目を離して、 30秒は遠くを見て目を休ませる「30-30-30ルール」として覚えることで、日常に根付かせられるでしょう。
■正しい座り方の徹底
| チェック項目 | 正しい座り方・姿勢のポイント |
| 足の接地 | 足の裏全体が床にぴったりと接するよう、椅子の高さを調整する |
| 骨盤と背中 | 椅子に深く腰掛け、背もたれに背中を十分に当てて骨盤を立てる |
| 間接の角度 | キーボード操作時、肘の角度が90度以上になるようデスク環境を整える |
■座位行動の中断(ブレイク)とNEAT(ニート)
デスクワーカーにとって最も重要なのは、座り続けることをこまめに中断することです。1時間に1回は必ず立ち上がり、肩甲骨を寄せるストレッチや、数歩歩くといった非運動性熱産生(NEAT: Non-Exercise-Activity Thermogenesis)を取り入れることが、腰痛とVDT症候群の双方を防ぐ科学的かつ効果的なアプローチとなります。
NEAT(ニート)とは運動以外の身体活動で消費されるエネルギーのことを指しており、日常生活の中で行っている掃除、子どもと遊ぶこと、買い物や通勤時の歩行、階段昇降などのことです。オフィスワークでは、立ったままPC操作をしたり、エレベーターを使わずに階段を利用するようにして、身体活動の時間や機会を意識して増やすことも、腰痛やVDT症候群の予防に繋がります。
[Ⅳ]デスクワークの職業病で参考になるサイト
●厚生労働省 情報機器作業における労働衛生管理についてのガイドライン
VDT作業から情報機器作業へ変更された最新のガイドラインと、分かりやすく要約したリーフレットがダウンロードできる厚生労働省のサイトです。作業環境の照度や休止時間などの具体的な数値目標が網羅されています。
●厚生労働省 職場における腰痛予防対策指針
デスクワーク特有の腰痛発生要因と、人間工学に基づいた詳細な予防策・ストレッチが解説されています。腰痛予防チェックリストや腰痛予防に関する参考資料が複数ダウンロードできる厚生労働省のサイトです。
●WHO(世界保健機構) 身体活動・座位行動ガイドライン(日本語版)
WHOのガイドラインを国立研究法人医薬基盤・健康・栄養研究所などが日本語版に翻訳したPDF資料です。「座りすぎ(座位行動)」が心身に与える悪影響に関する最新の国際的エビデンスがまとめられています。
●公共公益財団法人 長寿科学振興財団 健康長寿ネット「非運動性熱産生(NEAT)とは」
運動以外の身体活動で消費されるエネルギーのことをさす「NEAT(ニート)」について詳しく解説しています。
★YouTubeチャンネル「関谷剛の産業医こぼれ話」 2026年9月『デスクワークの職業病』
医師・産業医の関谷剛先生が、この通信と同じテーマについて解説した動画を毎月公開しております。文章だけでは伝わりにくい、病気予防のポイントや産業医としての経験談などを自らの言葉で説明しています。YouTubeチャンネルで御覧頂けますから、事業所でもご家庭でもぜひ御覧下さい。
編集後記
産業医として職場巡視を行っていると、モニターに顔を近づけ、背中を丸めてキーボードを叩き続けている方を多く見かけます。長時間のデスクワークによる腰痛等は、立派な職業病です。「自分の身体を守れるのは自分だけである」という意識を持ち、正しい姿勢と適度な休息を、日々の業務に組み込んでください。(産業医 関谷剛)













-240x240.jpg)





