難聴と耳鳴り
統括産業医の関谷です。
近年夏場には35℃を越える猛暑が続くようになり、マスクをしていると息苦しさを憶えたり、身体がフラフラしたり、目まいを起こしたりしていませんでしょうか。目まいとは景色がグルグル回る、からだがふらつく、意識を失いそうになる感じですが、働き盛りの40歳代から60歳代の方々は、突然の目まいを感じたら、脳の病気の可能性の他に耳鼻科疾患を疑うようにしましょう。なぜなら、急に起こっためまいで耳の症状を伴う場合は突発性難聴やメニエール病が考えられるからです。
年間約35,000人(人口10万人あたり27.5人)が発症していると推定され、歌手の浜崎あゆみさんや人気デュオKinKi Kidsの堂本剛さんが突発性難聴にかかったことを公表し、音楽活動を一時休止したことはニュースでも流れ、病名をご存知の方も多いのではないでしょうか。
難聴は中高年層だけの病気ではありません。近年、スマホと繋いだイヤホンから大音量で音楽を聴いたり、ゲームを長時間楽しむ若者が増え、若い人にはヘッドホン(イヤホン)難聴という病気が流行りだしています。WHO(世界保健機関)では、11億人もの世界の若者たち(12~35歳)が、携帯型音楽プレーヤーやスマートフォンなどによる音響性難聴のリスクにさらされているとして警鐘を鳴らしています。
突発性難聴は早期治療が重要とされています。性別や年齢を問わず、突然耳の調子が悪くなったとき、どう対処すればいいか、この機会に学んでみて下さい。
1:難聴の種類と原因
聴力は非常に重要なコミュニケーションツールです。これが障害された状態を難聴といいます。周りから気づかれず、日常生活への支障もあまり出ない軽度難聴から、ほとんど会話ができない高度難聴、まったく音が聴取できない聾(ろう)まで、難聴にも程度があります。
出生時には1000人あたり1~2名(0.1~0.2%)といわれる難聴者が、40歳で5%、50歳で15%、60歳で32%、70歳で62%と年齢とともに増加傾向にあります。乳幼児期の難聴は言語獲得に大きな影響を与え、高齢者は孤立、抑うつ、認知機能低下に影響を及ぼすと言われています。
【難聴の種類】
難聴は、外耳と中耳の障害によって音がうまく伝わらない「伝音難聴」と、内耳や脳に問題があり、音をうまく感じ取れない「感音難聴」の2種類に分けられ、伝音性と感音性の難聴を両方同時に発症したら混合性難聴となります。
[伝音難聴]
1.中耳炎や外耳炎、耳硬化症
2.耳垢の詰まりなどによるもの
[感音難聴]
<急性症状が出るもの>
1.突発性難聴
2.低音障害型感音難聴
3.メニエール病
4.ムンプス難聴(ウイルス感染)
<慢性的な感音難聴>
1.加齢性難聴
2.職業性騒音や騒音性難聴
3.ヘッドホン難聴などの音響性難聴
2:突発性難聴とは
突発性難聴は、突然、左右の耳の一方(ごくまれに両方)の聞こえが悪くなる疾患です。音をうまく感じ取れない難聴(感音難聴)のうち原因がはっきりしないものの総称で、幅広い年代に起こりますが、特に働き盛りの40~60歳代に多くみられます。
前日は問題なかったにもかかわらず、朝起きてテレビをつけたら音が聞こえにくい、あるいは電話の音が急に聞こえなくなるなど、前触れなく突然に起こることがあります。聞こえにくさは人によって異なり、まったく聞こえなくなる人もいれば、高音だけが聞こえなくなる人もいます。後者では、日常会話に必要な音は聞こえているため、難聴に気づくのが遅れてしまいがちです。
聴力が改善したり、悪化したりを繰り返すといった症状の波はありません。また、難聴の発生と前後して、耳閉感(耳が詰まった感じ)や耳鳴り、めまい、吐き気などを伴うケースも多く、耳鳴りで受診したら突発性難聴だったという人もいます。難聴やめまいが起こるのは1度だけで、メニエール病のように繰り返すことはありません。
【1・突発性難聴の原因】
音を感じ取って脳に伝える役割をしている有毛細胞が、なんらかの原因で傷つき、壊れてしまうことで起こります。有毛細胞に血液を送っている血管の血流障害や、ウイルス感染が原因であると考えられていますが、まだ明らかになっていません。
ストレスや過労、睡眠不足などがあると起こりやすいことが知られています。また、糖尿病が影響しているともいわれています。
【2・突発性難聴の治療】
治療は、内服や点滴の副腎皮質ステロイド薬による薬物療法が中心になります。ストレスの影響が考えられるときは、安静にして過ごします。十分に回復しない場合や全身投与が難しい場合は、耳の中にステロイドを注入する「ステロイド鼓室内注入療法」が行われることがありますが、その効果に対する評価は定まっていません。
発症後1週間以内に、それらによる適切な治療法を受けることで、約40%の人は完治し、50%の人にはなんらかの改善がみられます。ただし、治療開始が遅れれば遅れるほど治療効果が下がり、完治が難しくなってしまうので、注意が必要です。
【3・突発性難聴のチェックシート】
下記の症状のうち、思い当たる項目が多いほど、突発性難聴の可能性があります。
- 朝起きたら、急に耳が聞こえなくなっていた
- 最近、聞こえているようだが、耳鳴りや耳が詰まった感じがして、その症状が取れない
- 耳が詰まった感じがあり、耳抜きをしても聞こえが改善しない
- 今まで聞こえていた電話やテレビの音が急に聞こえなくなった
- 急にめまいがするようになった
- 最近、仕事や勉強で睡眠不足や疲労がたまっている
3:急増するヘッドホン難聴の予防と対策
大きな音にさらされることで起こる難聴を「騒音性難聴」あるいは「音響性難聴(音響外傷)」といいます。騒音性難聴は主に、職場で工場の機械音や工事音などの騒音にさらされることで起こります。一方、音響性難聴は、爆発音あるいはコンサート・ライブ会場などの大音響などにさらされるほか、ヘッドホンやイヤホンで大きな音を聞き続けることによって起こります。後者は「ヘッドホン難聴」あるいは「イヤホン難聴」と呼ばれ、近年、特に問題視されています。
ヘッドホン難聴(イヤホン難聴)は、じわじわと進行し、少しずつ両方の耳の聞こえが悪くなっていくため、初期には難聴を自覚しにくいことが特徴です。他の症状として、耳閉感(耳が詰まった感じ)や耳鳴りを伴う場合があります。重症化すると聴力の回復が難しいため、そのような耳の違和感に気づいたら早めに受診することが大切です。
【原因】
耳から入った音は、内耳の蝸牛(かぎゅう)という器官にある「有毛細胞」という細胞で振動から電気信号に変換され、脳に伝わることで聞こえるようになります。しかし、自動車の騒音程度である85dB(デシベル)以上の音を聞く場合、音の大きさと聞いている時間に比例して、有毛細胞が傷つき、壊れてしまいます。有毛細胞が壊れると、音を感じ取りにくくなり、難聴を引き起こします。WHOでは、80dBで1週間当たり40時間以上、98dBで1週間当たり75分以上聞き続けると、難聴の危険があるとしています。なお、100dB以上の大音響では急に難聴が生じることもあります。
特にヘッドホンやイヤホンは耳の中に直接音が入るため、周囲に音漏れするほどの大きな音で聞いていたり、長時間聞き続けたりすると、難聴が起こります。
【治療】
有毛細胞が壊れる前であれば、耳の安静を図ることで回復します。そのため、初期には耳栓を使う、定期的に耳を休ませるといった指導が行われます。大音響などを聞いたあとに急に耳の聞こえが悪くなったときは、突発性難聴の場合と同様に、内服や点滴のステロイド剤による薬物療法が中心になります。血管拡張薬(プロスタグランジンE1製剤)やビタミンB12製剤、代謝促進薬(ATP製剤)などを使うこともあります。
【予防】
WHOでは、ヘッドホンやイヤホンで音楽などを聞くときには、耳の健康を守るために、以下のようなことを推奨しています。
• 音量を下げたり、連続して聞かずに休憩を挟んだりする
• 使用を1日1時間未満に制限する
• 周囲の騒音を低減する「ノイズキャンセリング機能」のついたヘッドホン・イヤホンを選ぶ
4:難聴と耳鳴りで参考になるサイト
耳鼻咽喉科で扱う病気について詳しい「日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会」サイト
一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のホームページでは、一般の方向けに「耳鼻咽喉科・頭頸部外科が扱う代表的な病気」として、どの診療科を訪ねれば良いかを症状によってクリックすれば分かる専用のページを設けてあります。鼻、口、のどは繋がっており、耳を含めた頭部の病気はどの診療科を訪ねるのが良いか、難しいですから、困った際は参考にしてみてはいかがでしょう。
厚生労働省の騒音障害防止対策のページ
労働者の騒音性難聴がいまだに発症されているため、労働安全衛生規則に基づく措置を含め事業者が自主的に講ずることが望ましい騒音障害防止対策を体系化し、厚生労働省は「騒音障害防止のためのガイドライン」を公開しています。事業所内での騒音レベルを知る上でも、大きな音が発生する職場では一度御覧下さい。
あとがき
ヘッドホン難聴の予防には、規則正しい生活をするとともに、もし耳がつまった感じがする、会話の声が聞き取りにくいなど、いつもと違うなと感じることがあれば、すぐにヘッドホンやイヤホンの使用を止め、耳鼻科を受診してください。
産業医 関谷剛