旅行先でかかる病気とは? 〜夏の国内旅行で注意すべき病気と症状〜
統括産業医の関谷です。
8月になると夏期休暇を使って、都会を離れて里帰りや旅行で、自然に触れあう場所を訪れる人も多いのではないでしょうか。田舎の田んぼや畑を歩いたり、膝上くらいまである草むら、生い茂った森林にはいると、コオロギやカマキリという目に見えるサイズの昆虫の存在には目が行きますが、小さな蚊やダニが衣服に付いていたりするのには気がつかなかったりします。
生い茂った森でなくても、田畑が広がるような野外での散歩や農作業、キャンプ場での屋外テントでの宿泊であっても、ダニの生息場所に立ち入ると、ダニに刺される可能性がでてきます。ダニがウイルスや細菌などを保有している場合、刺された人が病気を発症することがあります。
ダニ以外でも野生動物に寄生している虫から発病することがあり、旅行先で天然の魚貝類を刺身で食べることや、野生動物との接触でも病気に感染することがあり、注意が必要となっています。
旅行から戻って来てから発症する病気もありますから、ぜひ事業所でも夏期休暇が終わってから体調を崩す人が出てきたときに疑われる病気の一つとして、学んでみてください。
<1>ダニ媒介感染症とは
ダニ媒介感染症とは、病原体を保有するダニに刺されることによって起こる感染症のことで、一つの病気では無く、重症熱性血小板減少症候群(SFTS) 、ツツガムシ病、ダニ媒介脳炎、ライム病という複数の病気の総称です。
■温暖化とグローバル化で発生地域が広がった新しい病気■
マダニの活動が盛んな春から秋にかけては、マダニに刺される危険性が高まります。マダニは、シカやイノシシなどの野生動物が生息する環境のほか、民家の裏山や裏庭、 畑などにも生息していることから、 屋外でのキャンプやハイキング、農作業や草刈り、山中での作業(山菜採りや狩猟等)は、特にダニに咬まれるリスクが高まります。
年輩者からすると、子供の頃に遊んでいた田舎では、ダニに噛まれて病気になったことが無いからと、無防備になってしまうかも知れません。しかし、ダニ媒介感染症は人獣共通感染症であり、近年の気候変動と共に動物の活動域の変化に、ペットを含む外来動物の輸入持ち込みなどの時代情勢の移り変わりに伴い、感染地域が徐々に広がりつつあり、新しい病気として認識を持って頂きたいと思います。
国内でSFTSを発症した患者の人数は年々増えています。国立感染症研究所によりますと、統計を取り始めた2013年の1年間にSFTSを発症した患者数は48人でした。2014年から3年間はほぼ横ばいでしたが、2017年に90人に達し、2019年には100人を超えています。新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年は78人に減少しましたが、その後は右肩上がりで増加。2023年には過去最多の133人となり、統計を取り始めた2013年の約3倍まで増えています。
<2>ダニ媒介感染症の種類と症状
ダニ類の中で病原菌の媒介役となる「マダニ」は、食品等に発生する「コナダニ」や、衣類や寝具に発生する「ヒョウダニ」などの家庭内に生息するダニとは種類が異なります。マダニは固い外皮に覆われた比較的大型(吸血前で3〜4mm)のダニで、主に森林や草地などの屋外に生息しており、市街地周辺でも見られます。
■重症熱性血小板減少症候群(SFTS) ■
SFTSは2011年に中国で発見されたフェニュイウイルス科バンヤンウイルス属に属する Huaiyangshan banyangvirus(2018年にSFTSVか ら呼称が変更された)によるマダニ媒介感染症です。国内では2013年に初めての患者が確認され、同年に四類感染症に指定されました。その後、毎年報告がなされ、2019年には100例を超えました。これまでの累計患者数573例のうち、死亡75例と致死率は13.1%で、感染すると命に関わる危険な病気です。
↓潜伏期間と症状
マダニに刺されてから5日~2週間程度が潜伏期間とされています。
症状としては、発熱、消化器症状(食欲不振、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が出現します。時に頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、呼吸不全症状、出血症状(歯肉出血、紫斑、下血)が出現します。
2024年3月、国立感染症研究所からの発表で、SFTSに感染した90代の患者を診察した20代の男性医師が、最初の接触から11日後に発熱し、その後SFTSと診断されました。ウイルスの遺伝子検査で90代の患者と同じウイルスと考えられることなどから「ヒトからヒトへの感染」と診断。SFTSのヒトからヒトへの感染は中国や韓国では報告されていますが、国内で確認されたのは初めてです。
■ツツガムシ病■
ツツガムシ病リケッチア(Orientia tsutsugamushi)を保有するツツガムシ(ダニの一種)に刺されることによって感染する疾患です。
↓潜伏期間と症状
マダニに刺されてから5日〜14日程度とされています。症状としては、全身倦怠感、食欲不振とともに頭痛、悪寒、発熱などを伴って発症します。体温は段階的に上昇し数日で40℃にも達し、刺し口は皮膚の柔らかい隠れた部分に多い。第3~4病日より不定型の発疹が出現するが、発疹は顔面、体幹に多く四肢には少ない。テトラサイクリン系の有効な抗菌薬による治療が適切に行われると劇的に症状の改善がみられます。重症になると肺炎や脳炎症状を来します。
ダニ媒介脳炎
日本では1993年以降、北海道において発生が確認されているダニ媒介脳炎ウイルスを保有するマダニに刺咬されることによって感染する疾患です。ダニ媒介脳炎ウイルスはヨーロッパ亜型、シベリア亜型及び極東亜型に分類されます。
感染経路としては、ヒトへの感染は主にマダニの刺咬(しこう)によりますが、ヤギの生乳の飲用によることもあります。7〜14日の潜伏期間とされ、ヨーロッパ亜型による感染では、そのほとんどが二相性の経過をたどります。第一相では発熱、頭痛、眼窩痛、全身の関節痛や筋肉痛が1週間程度続き、解熱後2~7日間は症状が消え、その後第二相には、痙攣、めまい、知覚異常、麻痺(まひ)などの中枢神経系症状を呈します。
極東亜型に感染した場合、徐々に発症し、頭痛、発熱、悪心、嘔吐が見られ、さらに悪化すると精神錯乱、昏睡(こんすい)、痙攣および麻痺などの脳炎症状が出現することもあります。シベリア亜型に感染した場合も徐々に発症しますが、その経過は極東亜型と比較して軽度であり、脳炎を発症しても麻痺を呈することはまれです。
ライム病
ライム病の病原菌をもつダニに咬まれることによりうつります。3~32日間の症状のない期間があった後、赤い発疹、疲労、頭痛、関節痛、筋肉痛や首が動かしにくいという症状が現れます。悪化すると、脳や心臓に障害が出るようになり、死亡することがあります。なおった場合にも1週間から数年にわたって皮膚や関節に後遺症が残ることがあります。
ライム病はヨーロッパからアジアまでの温暖な森林地帯、北アメリカの北東部、北中央部、太平洋沿岸地域で多く見られます。特に森林部、雑木林、草原地帯では注意が必要です。
<3>予防手段と噛まれた場合の対策
ダニ媒介感染症の効果的な予防方法としては、ダニに咬まれないようにすることです。SFTSをはじめウイルスに対して有効なワクチンはまだないことから、病気予防という観点で考えると、マダニに咬まれないように対策を講じる必要があるとも言えます。
①マダニは、主に草むらや藪・森林にいます。このような場所で長時間地面に直接寝転んだり、座ったり、服を置いたりしないようにしましょう。
②草むらなどに入るときは、長袖、長ズボン、手袋、長靴等を着用しましょう(色の薄い服はくっついたダニを見つけやすくなります)。
③ダニをよせつけないためには、肌の露出部分や服に虫除け剤(マダニ、ツツガムシの忌避を効能としているもの)の使用も有効です。虫除け剤は皮膚の露出部分や、衣服の上から使います。
④帰宅後は、上着や作業着を家の中に持ち込まないようにしましょう。
⑤帰宅後はすぐに入浴し、体をよく洗い、新しい服に着替えましょう。入浴やシャワーの時には、ダニが肌についていないかチェックしてください。
⑥着ていた服はすぐに洗濯するか、ナイロン袋に入れて口を縛っておきましょう。
■マダニに刺咬(しこう)されたら■
「刺咬」は「刺す」と「咬む」の2つを合わせた言葉で、マダニ類の多くは、人や動物に取り付くと、皮膚にしっかりと口器を突き刺し、長時間(数日から長いもので10日間)吸血するところから、このような表現を使います。
もしダニに刺咬されたら、無理に引き抜こうとするとマダニの一部が皮膚内に残ってしまうことがあるので、吸血中のマダニに気が付いた際には、できるだけ病院で処置してもらってください。またマダニに咬まれた後に、発熱等の症状が認められた場合も病院を受診してください。
<4>寄生虫が関与する病気
戦後、衛生状況が悪かった日本では、寄生虫により健康被害を起こす人が多数いました。生活レベルが上がり、衛生環境の改善にともなって、意識されることは少なくなりましたが、現在でも適切な処理をされていない魚介類などを生で食べて寄生虫に感染した例が報告されています。
食品には、いろいろな種類の原虫や寄生虫がいることがあり、地方にしかいない天然の魚貝類を、都会から旅行で出かけた人が食べると激しい痛みやおう吐などの症状をおこすこともあります。魚介類、生肉のほか、野菜や飲み水が原因となった例もあり、代表的な寄生虫を紹介します。
■アニサキス ■
アニサキスは、サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどの魚介類に寄生する約2~3cmで白色の少し太い糸状の寄生虫です。寿司や刺身などでこれらの魚介類を生食すると、アニサキスに感染することがあります。
アニサキスに感染すると、激しい腹痛や悪寒、おう吐などをおこします。 国立感染症研究所の推計では、わが国で年間7,147件(2005年から2011年の年平均)のアニサキスによる食中毒が発生しているとされています。
旅行先などで、自分で釣った魚を食べる場合は、よく冷やして持ち帰り、すぐに内臓を取り除きましょう。アニサキス幼虫は主に内臓の表面に寄生していますが、鮮度の低下や時間経過とともに筋肉(可食部)内へ移動する場合があります。持ち帰る際は、鮮度が落ちないよう、氷や保冷剤で冷えた状態を保つことが大切です。また、魚の内臓を生で食べることは避けましょう。鮮度が落ちた魚介類は、十分に加熱して食べましょう。加熱調理(中心温度60℃で1分以上)や、十分な冷凍(-20℃で24時間以上)でアニサキス幼虫は死にます。
■サナダムシ■
サナダムシは、魚を食べて感染するものと、豚肉や牛肉を食べて感染するものの2グループに大きく分けられます。肉やレバーには、サナダムシの一種などの寄生虫がついていることがあり、充分に加熱せずに食べると腸管内などに感染して腹痛や下痢などをおこすことがあります。特に、豚肉や豚のレバーにいる寄生虫には注意しましょう。魚に寄生するサナダムシの中でも国内で圧倒的に多いのは、サケ(トキシラズ、サクラマスなど)に寄生する日本海裂頭条虫という種類です。
感染すると、2〜3週間後に肛門からきしめん状の成虫が垂れ下がってきて、初めて感染に気付くことになり、成虫の体長は時に10mを超えるといいます。
サナダムシの感染者数は多くても、症状が軽いことからあまり問題視されないため、サケを食べて感染するということも、あまり知られていません。サケの筋肉に存在するサナダムシの幼虫は肉眼でも確認できますが、知らずに食べてしまうことが多いようです。
<5>旅行先での病気で参考になるサイト
厚生労働省のサイト
厚生労働省の動物由来感染症の一つに「ダニ媒介感染症」のページあります。病気の種類を一つずつ専門ページ分けて説明してあり、啓発用のポスターやチラシもダウンロードできるようになっています。
東京都保健医療局サイト「食品衛生の窓」 食品の寄生虫
東京都の公式ホームページとして、保健医療局が運営する「食品衛生の窓」という専用サイトには、たべもの安全情報館というページがあり、その中に「食品の寄生虫」が生鮮魚介類を介するものと、肉を介するものなどで分けられて寄生虫の種類が詳しく書かれています。アニサキスやサナダムシ(このページでは「日本海裂頭条虫」と記載)についても特徴や人への影響などが分かりやすく記載されています。
あとがき
ダニ媒介感染症や寄生虫は発症までに一週間前後かかるために、体調の変化に気がつくのは、職場に戻ってからになることが多い病気です。掛かり付け医や産業医に相談する時には、旅行先の場所や地場の魚や肉を生で食べたかどうか等を伝えるようにして下さい。(産業医 関谷剛)