ラインケア~上司がみる部下のメンタルケア~

統括産業医の関谷です。
多くの会社では4月に入ると、学校を卒業したばかりの新入社員が入社してきます。しかし、現在の日本では、新卒社員が3年以内に辞める割合は3割強と高く、業種によってはもっと高い割合になっています。特に入社して、わずか1〜2か月後から理想と現実のギャップに悩み、勤務してはいるが心身の健康を崩す人が出始めてきたりします。新卒社員が辞めること、メンタル不調で休職することは、会社にとっても大きな損失です。
新人のやる気を伸ばし、会社で活躍してもらう人材として育てていくために、管理監督者や人事部は、部下の心身の健康を守る「ラインケア」を学ぶ必要があります。今回は、4月から新卒入社する社員の早期離職を防ぐ為にも、若い社員の健康を維持管理するための手法を学んでください。
1:健康の管理監督者とラインケア
ラインケアとは管理監督者である所属部課の上司が、部下の心の健康づくり対策(メンタル不調予防)のために行う活動のことで、厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に定められているメンタルヘルスケアの一つです。
■4つのケア■
【1】セルフケア
働く人が自らのストレスに気付き、自分自身で行うことのできるケア、予防対処のこと
【2】ラインケア
管理監督者から部下に対するケア
【3】事業所内産業保健スタッフ等によるケア
事業所内の産業医等の産業保健スタッフが心の健康づくり対策を提言・推進し、労働者、管理監督者等を支援すること
【4】事業所外資源によるケア
会社以外の専門的な機関や専門家を活用し、その支援を受けること
管理職が部下の健康状態に配慮することは法的な義務でもあります。事業主は、従業員に対し、過度の労働や心理的負担をかけて社員の心身の健康を損なうことがないように注意する義務があり、これを「安全配慮義務」と言い、労働契約法第5条に明記されています。管理職は、部下を管理監督する権限を事業主から委譲されているため、安全配慮義務を実行する責任があるのです。
2:新年度に向けた準備
労働者のメンタルヘルス不調は増加の傾向にあり、その未然防止(第一次予防)は事業所における健康管理の優先順位の高い課題となっています。ラインケアでは管理者側には、部下の体調不良などに対して、早期発見して早期治療に結びつけることが求めらることにもなります。
■新入社員入社までの準備■
【1】ラインケア研修
管理職は医療の専門家ではありませんから、先ずは事業所内の衛生管理者、人事労務担当者、および教育研修担当者、部長や課長などの管理監督者(いわゆる管理職)の皆様にラインケア研修を受講してもらい、新入社員への接し方やストレス対策の知識について勉強してもらうことが第一歩です。
【2】セルフケア研修
新入社員には入社後に4つのケアを学んでもらうと同時に、自分で悩みやストレスを解消する方法を知ってもらうことが大切です。自己のストレスに早期に気づき、適切に対処できるようになることを目的にしています。
*3つのポイント(朝起きられるか、食欲があるか、眠れるか)
「部下の健康状態を把握する」上で大切なのは、管理監督者が「いつもと違う」部下に早く気づくことです。そのためには、いつもの部下のことを知っておく必要があり、日頃から部下の行動パターンや人間関係の持ち方に気をつけましょう。
パワハラにならないように配慮しながら、「朝はきちんと起きられているか?」「食事は3回とってるか」「睡眠はとれているか」ということを部下にさりげなく聞いてあげることがポイントです。
*勤怠管理と挨拶応答
体調不良が現れると、遅刻、早退、欠勤が増えて来たりしますから、勤怠管理は確認しましょう。また、行動に関しても「表情に活気がなく、動作も元気がない」「職場での会話がなくなる(あるいは多弁になる)」「ミスや事故が目立つ」などが見られたりしますから、普段から管理監督者側から出勤時に「お早う」と挨拶したり、ちょっとしたコミュニケーションを取るようにしてください。
3:部下からの相談への対応
学生生活とは異なり、会社に合わせた生活リズムや世代の異なる人達とのコミュニケーションに、新しい技術や知識の習得など新卒社員には、様々な悩みやプレッシャー、不安にぶつかっていると考えてください。
■部下からの相談への対応■
現場の管理監督者は、日常的に部下からの自発的な相談に対応する役割を担っています。そのためには、部下の話をじっくりと聴くこと、「傾聴」がとても重要で、【1】【2】のような話の聴き方のことを言います。
傾聴することで、話の聴き方が批判的になることを防ぎ、相手に話を聴いてもらっているという気持ちを持たせることがポイントです。部下から相談を受けた時に、ご自身の入社後の体験談などを事例に出した、自慢話を長々と語るのは控えるようにしてください。
【1】相手を受け止める
相手に対して関心を持ち、関心を持っていることを表情や態度で相手に伝える
【2】相手の立場に立つ
もしも自分が相手と同じような立場に置かれていたら、相手と同じようなことを言ったり、したりするんだろうなぁと考えながら話を聴く
*ストレス要因の把握
ストレス要因としての職場環境には、仕事の負荷や自由度のほかに、作業環境(温度湿度、照明、騒音など)、作業方法(作業スペースや作業姿勢など)、人間関係、組織形態などが含まれています。ストレス要因を特定し、できるものから改善していく努力を続けることは、ラインケアとして重要です。
*職場環境へのアプローチ(一人で抱え込まない)
職場環境に悩んでいる場合は、直属の上司では解決出来ないこともあり、その際には更に上職の幹部や社内の相談窓口に持ちかけてみましょう。一人で抱え込まず、カウンセラーや産業医に相談することも視野に入れてください
*ストレスチェック
新入社員には直ぐにストレスチェックを受診してもらうことはありませんが、入社後の業務でストレスを感じた御本人から申し出があれば、ストレスチェックを行って、産業医を交えてストレスの状態を判断してみるのもひとつの方法です。
法令によって管理監督者は、部下の健康情報を含む個人情報の収集・管理・使用に際し、なんらかの方法で本人の同意を得ることが原則とされています。また、部下から相談を受けた時は、二人っきりになれる会議室や、他の人から聞こえないプライバシーが守られるような環境で話しを聴くようにしてください。
4:ラインケアで参考になるサイト
厚生労働省 こころの耳 新入社員の方のためのセルフケア基礎知識
「働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト『こころの耳』」は、令和5年度の厚生労働省委託事業(ポータルサイト運営)として一般社団法人日本産業カウンセラー協会が受託して開設することになったサイトです。職場のメンタルヘルス対策について、事業者、労働者、家族等への的確な情報提供を行っており、ラインケアやセルフケアに関しては動画なども大変充実しており、研修用の資料もダウンロード出来るようになっています。
東京都労働相談情報センター 働くあなたのメンタルヘルス
このサイトは「働く人の健康を考える」東京都の公式サイトで、働く人や事業者の方が、前向きに仕事に取り組んだり、メンタルヘルス不調者の発生しない職場づくりを進めるために、職場や自宅のパソコンからメンタルヘルスについて気軽に学べるウェブサイトです。
また、働く人やその家族が疲労蓄積度をチェックしたり、事業者が職場に潜むストレス要因をチェックするためにすぐに使える「チェックリスト」や、国や東京都などが開設するメンタルヘルスや働くことに関する相談窓口が掲載されています。
公益財団法人東京都中小企業振興公社 働く人の心の健康づくり講座
東京都中小企業振興公社では、都内中小企業で働く方の心の健康づくりを推進していくために、セルフケアやラインケアについて実践的な講座を実施しています。また、企業内でのメンタルヘルス対策を推進する中核となるリーダーを養成するため、具体的な事例紹介、グループ討議等を含めた体系的な講座を開催しています。
NHKきょうの健康 負けない!ストレス最善対処法「どう乗り切る?“職場”ストレス」
NHKでは番組で健康に関して放映した内容について、サイトで紹介しています。職場でのストレスに関しては「簡単セルフケア術」「社会人のメンタルケア」などのタイトルで複数回番組として放映しており、番組で使われた写真やイラストを使って、専門の医師が監修した内容を分かりやすく掲載しています。
関谷剛のYouTube動画「産業医講話」 2025年3月『ラインケア』
医師・産業医の関谷剛先生が、この通信と同じテーマについて解説した動画を毎月公開しております。文章だけでは伝わりにくい、病気予防のポイントや産業医としての経験談などを自らの言葉で説明しています。YouTubeチャンネルで御覧頂けますから、事業所でもご家庭でもぜひ御覧下さい。
あとがき
部下の相談を受けた管理監督者が、その責任を背負ってストレスになってしまうケースを非常に多く見てきましたから「上司だから頑張る」と一人で抱え込まず、人事担当者や産業医など、しかるべき人に話を繋げて、相談するようにしましょう。(産業医 関谷剛)