脳梗塞は夏場に注意
統括産業医の関谷です。
今年6月は全国各地で35℃を越える猛暑日が続きました。そのため熱中症による救急搬送者数が2022年夏は急増し、統計を取り始めた2010年以降では6月としては過去最高になっていることを消防庁が発表しました。8月22日には気象庁の異常気象分析検討会が開かれ、2022年の夏の猛暑が「異常な状態だった」との見解が示されました。9月以降も猛暑が続く可能性があり、熱中症に気を付けると同時に、熱中症と同じような初期症状が現れ、かつ命にかかわるもう一つ緊急性の高い疾患があることをご存知でしょうか。それは脳梗塞です。
脳梗塞は「冬に多いのではないか?」と思われた人がいるかもしれませんが、冬に多いのは脳出血です。脳梗塞も冬に多いと思ってしまうかもしれませんが、実は脳梗塞は夏が一番多いという報告があります。
毎年20万人が発症し、6万人近くが亡くなっている脳梗塞は、日本では職場や家庭でいつ、どこで、誰が発症してもおかしく無い疾患です。熱中症との違いや、同類の病気である脳出血を含めてぜひ知っておいてください。
1:脳梗塞の症状と特徴
日本人の死因の上位を占める3大疾病として、がん・脳卒中・心筋梗塞が挙げられていたのは聞かれたことがあると思います。この中で脳卒中については、脳の血管になんらかの障害が起こることによって発病するいくつかの病気の総称ですが、現在ではより実態に近い脳血管障害という名称が使われています。
◆脳の血管が破れる疾患◆
[1・脳出血]
脳の中にある細かい血管が破れて出血している状態が脳出血です。高血圧の症状がある方に多く、高血圧で動脈硬化を進行させたことで血管が脆くなり、そこにさらに血流の圧力がかかることで血管が膨れ、やがて破れてしまうことで脳の内部に出血が起きてしまいます。
[2・くも膜下出血]
くも膜下出血頭蓋骨の下には、くも膜という蜘蛛の巣のように張り巡らされた透明な薄い膜があり、その内側に脳があります。脳に血液を送る血管は、くも膜の下を走っています。この血管にこぶ(動脈瘤)や動脈硬化が生じると、血圧が高くなった時に急に破裂したりします。出血した血液は、くも膜と脳のすき間にどんどんと広がっていきます。この病態が、くも膜下出血です。
◆血管が詰まる脳梗塞◆
脳への血管、すなわち動脈がつまることによって、脳へ血液が流れなくなり、その結果、脳の細胞が死んでしまった状態のことを脳梗塞と言います。
脳梗塞には要因に応じて更に3つに分かれています。脳梗塞を起こす前には、前触れとなる身体現象が現れることもあり、前段階の症状を一過性脳虚血発作という病名も付けられています。もしご自身や職場の同僚で下記に書いてある症状が突然ではじめたら脳梗塞と疑って下さい。
[前段階・一過性脳虚血発作]
脳梗塞の発作を起こす前に、短時間の手足のしびれや、脱力の発作を何度か繰り返すことがあります。これは脳梗塞の前ぶれであると言われています。
この一過性脳虚血発作は、最大24時間以内に回復する発作で、一過性脳虚血発作を起こした方のうち30~40%の方は後に脳梗塞に移行することが分かっています。そして発症直後ほど脳梗塞に移行しやすく、20%は1ヶ月以内に、約50%は1年以内に脳梗塞を発症すると言われます。
一過性脳虚血発作は一度でも起こしたら、すぐに精密検査を受けて脳梗塞の予防の処置を行っておく必要があります。しかし、一過性脳虚血発作が起こっても、これが脳梗塞の前ぶれであると気付くかどうかが重要です。
症状として多いものは、半身の手足の麻痺やしびれ、あるいは片方の目が急に見えなくなる一過性黒内障、そして、めまいなどです。
[1・ラクナ梗塞]
ラクナ梗塞は脳の太い血管から分岐している細い血管がつまることで発生する疾患です。脳の深い部分に血液を送ることができず、脳細胞(15ミリ未満であることが多い)の壊死につながります。脱力、しびれ、話しにくさ等の身体現象が起きますが、意識障害までには至りません。また影響範囲が小さいことから無症状であることも多いです。
この「無症候性脳梗塞」は、認知症やさまざまな障害につながるため、MRI検査などで偶然見つけることができると有効な予防対策が取れます。
[2・アテローム血栓性脳梗塞]
アテローム血栓性の脳梗塞は、脳の中でも中大動脈と呼ばれる、直径が5ミリから8ミリの太い動脈がつまることによって起こります。太い動脈がつまると影響範囲が大きくなることが多いため、重症化しやすいのが特徴。
このタイプの脳梗塞を発症される方は、約2、3割がその前触れとなる症状、顔や身体の片側だけ動かない、ふらつく、視界が見えにくくなる等を起こしています。睡眠時などの安静時に症状が出ることも多く、「朝目覚めたときには、すでに手が動かなかった」というケースもあるため、注意が必要です。
[3・心原性脳塞栓症]
脳塞栓とは、脳以外の場所から血栓が移動して脳の動脈がつまることです。その中でも、心臓でできた血のかたまり(血栓:けっせん)が飛ぶことが多いため、心原性という名称がついています。こちらも前述のアテローム血栓性脳梗塞と同じで、脳の太い動脈がつまることが多いため、重症化しやすいのが特徴。日中の活動しているときに起こることが多く、突発的に症状が出てから短時間で症状が悪化します。
意識障害、激しい頭痛、失禁、片側マヒなどが症状として現れることがあります。前触れが起こる可能性は10%程度といわれており、予測できないタイプの危険な脳梗塞です。
2:脳梗塞と熱中症の違い
熱中症の初期症状は、手足のしびれ、めまい、立ちくらみ、筋肉のこむら返りなどで、少し進むと、頭痛、吐き気、嘔吐、力が入らないなどの症状が現れます。夏場にこのような症状が現れたら、直ちに涼しい場所に移動して水分と塩分をとって安静にし、回復する気配がなければ医療機関を受診するか、場合によっては救急車の要請もためらってはいけません。
熱中症は確かに命にかかわることのある緊急事態ですが、似たような初期症状が現れる更に緊急性の高い疾患として、脳梗塞があります。脳梗塞が発症したのに、軽い熱中症だと思い込み放置した結果、重い後遺症が残ってしまったというケースは珍しくありません。結果的に熱中症だったとしても、脳梗塞の疑いがあれば、すぐに救急車を呼ぶことが重要です。
【脳梗塞の症状】
熱中症と脳梗塞の初期症状は似ていますが、それを見分けるポイントとして、次のような身体の障害が見られるときは、脳梗塞の可能性が高いです。
一般社団法人日本生活習慣病予防協会2022年7月31日ニュースより
【なぜ夏場に脳梗塞が発生するのか】
原因の1つと考えられているのが、この暑さです。猛暑日は発汗が増え、脱水状態になり脳梗塞を起こしやすくなります。とくに朝は、血圧が上昇し血栓が生じやすくなりますので注意しましょう。寝ている間に脱水になり、脳梗塞が起きて朝目覚めて麻痺があることに気付くこともあります。
夏はビールがおいしい季節ですが、運動で大量の汗をかいた後の飲酒には注意が必要です。のどをうるおしたつもりが、さらなる脱水状態を招きます。体を動かした後に冷えたビールを飲むのが楽しみという方は多いと思いますが、アルコールには利尿作用があり、脱水を招きやすくなることを覚えておきましょう。
【なぜ熱中症と脳梗塞を見分けるのが難しいのか】
夏場の脳梗塞は、熱中症のような症状なので、休んだらよくなるのではないかと考えがちです。心筋梗塞は胸が痛くなるとか、背中が急に痛くなるため、本人も周りの人もすぐ病院に向かわせます。ところが、脳梗塞では頭部に痛みを感じないことから、本人も気のせいではないか、直ぐに治るだろうと考えがちで、周りの人も脳梗塞だと気がつかないことが多いのです。
【夏場の熱中症と脳梗塞の予防対策】
夏の暑いとき、外に長く出歩いているときとか、外でスポーツをしているときも非常に脱水になりやすくなっています。夏場に外に長くいるような仕事とか生活スタイルの方は気をつけるべきで、水分をしっかりと補給するように心がけたいです。
また、熱中症は室内でも発生します。熱中症では、国は室温の目安として28度を示しています。室内で過ごす際には、冷房を適切に使って、自分が快適だと感じる温度で過ごすことが大切です。
【脳梗塞は再発しやすい】
一度脳梗塞を起こした患者さんは再発しやすく、発症後1年で10%、5年で35%、10年で50%の人が再発するといわれています。再発を防ぐためには、日常生活での食事・運動・睡眠それぞれに気を付ける必要があります。
3:脳梗塞を防ぐライフスタイル
【塩分を抑えるようにする】
脳卒中の最大の原因は、高血圧です。高血圧の最大の生活習慣要因は、食塩の過剰摂取です。日本人は食塩摂取の多い民族ですので、脳卒中予防のためにまず行うべきことは、減塩です。
また太っていて血圧が高い人は、特定保健指導などを利用して減量すると、血圧が下がる可能性が高いといえます。
【飲酒を控えめにして食事も気を付ける】
大量飲酒も脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の全てのリスクを高くすることがわかっています。一方、予防につながる食べ物としては、野菜や果物、大豆製品があります。ウォーキングなどの軽い有酸素運動で血流をよくすることも効果的です。
【タバコは脳梗塞の大きな危険因子】
喫煙は肺ガンの危険因子であると、やかましく言われていますが、喫煙者に脳梗塞が多いと言う事実はあまり知られていません。その理由は喫煙を続けますと、多血症と言って、血液中に赤血球が異常に増えた状態になるからです。
なぜかと言いますと、まず、タバコの煙の中に含まれる一酸化炭素が、血液中の赤血球と結びつき、赤血球の役目である酸素の運搬能力を奪ってしまいます。すると新しい赤血球がどんどん作られるようになって、血液中の赤血球が増えることになるからです。その結果、血液はドロドロとした状態となって、詰りやすくなってしまうのです。
【脳梗塞は夜間、あるいは朝、起床時に気付くことが多い】
脳血栓による脳梗塞は、血圧が下がりやすい夜間に起こりやすい傾向があり、夜間トイレに起きた時に、あるいは朝、起床時に気付くことが多いです。
早朝高血圧がある方は寝ている間に高血圧によって血管に負担がかかり動脈硬化がすすみます。やがて血圧に耐えかねて脳動脈が破れたりすれば脳梗塞を引き起こしてしまいます。これらを防ぐためには朝と夜、毎日血圧を測り、枕の高さなど寝室環境を改善し、睡眠時無呼吸症候群の検査を行うようにし、脳梗塞のリスクを減らすようにしましょう。
4:脳梗塞と脳血管障害で参考になるサイト
脳梗塞について詳しい「日本生活習慣病予防学会」サイト
一般社団法人日本生活習慣病予防学会のホームページでは、主な生活習慣病の一つとして脳梗塞について予防と治療方法に、調査・統計や関連する最近のトピックスを詳しく紹介しています。
脳血管障害を取り上げている厚生労働省のe-ヘルスネット
厚生労働省のe-ヘルスネットでは主な生活習慣病として脳血管障害(脳卒中)を取り上げ、その種類や症状、予防について専門研究者が分かり易く紹介しています。
あとがき
脳梗塞や脳出血を含め、高血圧や糖尿病、メタボリックシンドロームを早期発見するために、年に一度は必ず健診を受けましょう。40代以上の方は健診結果に応じて保健指導や治療を受けて、脳血管障害にならないよう、ご自身の力で予防に努めてください
産業医 関谷剛