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産業医 関谷 剛 メッセージ

熱帯感染症~日本でも流行している新興感染症とは~

統括産業医の関谷です。
気象観測の統計を取り始めて以降、125年間で最も暑かった去年の日本。今年はそれを上回る暑さになる可能性があります。猛暑となる事で、めまいや吐き気に襲われたり、熱中症や脳梗塞など急激に増加する病気はありますが、気温の上昇によって今まで知られていなかった熱帯感染症の発症に注意が必要となってきました。
熱帯感染症と聞いてもピンとこない方が多いでしょうが、結核とエイズに並ぶ世界三大感染症のひとつであるマラリアは、代表的な熱帯地域の病気ですが、日本でもコロナ禍以前は、年間50-100症例が輸入感染症として厚生労働省に届けられています。
熱帯感染症は、いずれも死亡率が高い、極めて危険な病気で、熱帯地域の途上国で暮らす人たちの生活を脅かしており、日本で流行が広がると企業活動にも大きな影響を及ぼす可能性が考えられますから、今の段階から学んでみてください。

1:なぜ今、日本で熱帯の病気が流行るのか

2014年8月、これまで日本国内ではほとんど耳にしたことのなかった熱帯感染症の一つであるデング熱が、東京の都心の代々木公園で発生しました。当初、海外渡航歴がないにも関わらずデング熱の感染者が都内で広がったことで、代々木公園に加え周辺の新宿御苑などが閉鎖され、店頭から虫除けスプレーが消えました。最終的に都内で108人、全国で162名の患者が報告され、死亡者は出ませんでしたが、社会を揺るがすニュースとなりました。

■地球温暖化による影響■
デングウイルスの国内感染は1940年代以降、約70年間発生がない状態が続いていましたが、突如として日本で流行した原因には、媒介するヒトスジシマカが発生しやすい環境を作ってしまったことに加え、地球温暖化の影響があります。
環境省によると、デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布は、年平均気温11度以上の地域とほぼ一致しています。この蚊の日本での分布は、1950年当時は福島県と栃木・茨城県の県境が北限でしたが、2000年以降は秋田北部から岩手県へ広がり、2010年には青森県内ではじめて確認されました。
夏の気温が上がることで蚊の発生数が増えることに加え、冬の最低気温が上昇することで、これまで冬季に死滅していた蚊が越冬するようになります。

■人の往来の増加■
渡航者の増加も日本での熱帯感染症増加と関係しています。以前は、日本からの団体旅行が主体であった渡航も、長期滞在の旅行や駐在等も増加し、海外からの旅行客も増え、更に国内外で多くの大規模イベント(ワールドカップ、オリンピック、国際博覧会など)が開催されることで、世界的に人と人の交流が増えました。
法務省の出入国管理統計によると、2010年頃までの日本の出入国者の合計は約2000万人だったのが、今では約5000万人と2.5倍に急激に増えています。

2:熱帯感染症の種類

熱帯感染症という名称は、比較的新しい用語であるため、その示す病気の種類に関しては定まっていませんが、外国から日本へ入ってくる病気という意味で輸入感染症とも呼ばれています。病原体を保有する蚊に刺されることによって起こる感染症では蚊媒介感染症という名称を厚生労働省では用いていますが、日本においては日本脳炎以外の蚊媒介感染症は、海外からの輸入感染症であり、これらの感染症は熱帯や亜熱帯地域で流行していることから熱帯感染症の種類と考えて良いでしょう。

■マラリア(Malaria)■
マラリアはマラリア原虫と呼ばれる寄生虫の感染症です。ハマダラカがマラリア患者を吸血すると、血液中のマラリア原虫が蚊の中で増殖します。この蚊が別の人を吸血する際にマラリア原虫が体内に入り感染が成立します。体内に侵入したマラリア原虫は主に血液中の赤血球に寄生し、赤血球を破壊することで発熱や貧血を起こします。
マラリアには、熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、卵形マラリア、四日熱マラリアの4種類があり、原因となる原虫はそれぞれで異なります。熱帯熱マラリアは重症になりやすいので、熱帯熱マラリアかそれ以外のマラリアかを見分けることが非常に大切です。

■デング熱(デング出血熱)■
デング熱は、デング熱ウイルスを持つネッタイシマカやヒトスジシマカがヒトを吸血する際に、ウイルスが体内に入り感染する病気です。3~14日(通常は4~7日)の潜伏期間の後に頭痛や目の奥の痛みを伴う38~40度の突然の発熱、関節痛、筋肉痛、明るいところで眩しいなどの症状が現れます。発熱は5~7日続き解熱し、この時に発疹を認めます。ときに再び発熱することがあります。重症例にデング出血熱というものがありますが、2回以上デング熱にかかるとなりやすいといわれています。

■ジカウイルス感染症■
ジカウイルス感染症にはジカウイルス病と先天性ジカウイルス感染症があります。ジカウイルス病はジカウイルスの感染によって起こる後天的な感染症で、約80%は不顕性感染ですが、不顕性であっても感染源となることがあります。また、発症後、症状がなくなった後でもウイルスを保有している場合がありますので注意が必要です。

蚊やマダニなどが媒介するその他の感染症
チクングニア熱
チクングニア熱は1952~53年にタンザニアで初めて報告された感染症です。元々はアフリカ、東南アジア、南アジア、アフリカなど熱帯地域の風土病でした。2005~06年に観光地として著名な南西インド洋の島々で大流行し、ヨーロッパ諸国への帰国者たちから感染例が報告されました。2013年末には新たにカリブ海地域での流行が報告され、北米・中米・南米を合わせた感染者は100万人以上と推計されています。
デング熱やジカウイルス感染症と同じような症状を示し、感染経路(同じ媒介蚊)・流行地域も似ているため、鑑別が難しい疾患です。
黄熱
黄熱はアフリカと中南米の熱帯地域で流行しており、中南米では雨季に多く発生しています。特にアマゾン川流域の熱帯雨林に接した国々では毎年のように患者が発生し、旅行者の感染例もあります。WHOは年間84,000~170,000人の患者が発生し、最大で死者が6万人に及ぶと試算しています(2021年8月現在)。
ウエストナイル熱(ウエストナイル脳炎)
ウエストナイルウイルスは、北米、アフリカ、欧州から中央アジアに広く分布しています。自然界では鳥と蚊の間でウイルスが維持されていますが、人に感染することもあります。人が感染すると、高熱や脳炎などを引き起こします。流行地域の拡大には、感染した鳥が広域に飛行することが関係していると考えられています。過去数年で、ニューヨークを起点として全米に急速に拡大しており、毎年数千人の患者と約100人の死亡者が発生しています。

3:症状と予防対策

日本では新たな感染症の監視体制を強化するため、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の一部改正を行い、デング熱に加え、ウエストナイル熱(脳炎を含む)(2002年10月)、チクングニア熱(2011年2月)、ジカウイルス感染症(2016年2月)を四類感染症に指定しました。これら四類感染症を診断した医師は、管轄の保健所に届け出なければなりません。
アフリカ、中南米、東南アジア等を中心とした亜熱帯や熱帯地域の僻地を旅行または滞在した人で、マラリア流行地域を離れ日本へ帰国後、半年以内に原因不明の発熱があった場合、必ずこれらの地域への旅行・滞在歴を医師に告げて医療機関に受診することをお勧めします。

■マラリアの症状■
マラリアは熱発作と呼ばれる発熱が主症状で、悪寒や震えを伴った発熱が1時間から2時間みられ、その後高熱が4時間から5時間続きます。この時に頭痛や吐き気を伴い、重症な場合には意識障害がみられることがあります。その後大量の発汗とともに解熱します。熱発作のパターンは初期には不規則ですが、熱帯熱マラリア以外は、次第に規則的な熱型になっていきます。潜伏期間、熱発作の周期は以下の囲み内の通りです。

マラリアの種類による症状の違い
①潜伏期間 ②熱発作の周期(感染初期には当てはまらない場合があります)
熱帯熱マラリア ①7~14日           ②不規則
三日熱マラリア ①12~17日あるいはそれ以上 ②48時間
卵形マラリア  ①11~18日あるいはそれ以上 ②48時間
四日熱マラリア ①18~40日あるいはそれ以上 ②72時間

■防蚊対策の重要性■
マラリア対策で一番大切なのは、ハマダラカに刺されないことです。ハマダラカは黒い色を好み、夕方から夜明けにかけて吸血します。防蚊のため以下の点に注意して行動して下さい。

●夜間の外出は避ける。
●長袖、長ズボンを着用する。特に夜間は明るい色の衣服で。
●皮膚の露出部には虫除けスプレーを使用する。また、蚊取り線香も効果的である。
●部屋は密閉しエアコンを使用、不可能な場合は破れていない網戸を使用する。
●設備の整ったホテル以外に宿泊する予定のあるときは旅行用の蚊帳を持参する。

■デング熱の症状■
発熱(38℃以上)、頭痛(しばしば眼球後部痛を伴う)、筋肉痛、関節痛、上肢内側に発疹が一時的に現れ、発症後3~4日後から限局した発疹(斑状紅斑)が体幹から末梢へと広がります。一部は出血傾向を主症状とするデング出血熱に(3~5%)、まれに頻脈、脈圧低下などの循環障害がみられ、ショック症状に陥ります。このような重症のデング出血熱は2度目以降の感染で発症することが多く、致命率は数%とされています。

ワクチンや予防薬がない状況での対策
ウエストナイル熱・チクングニア熱やジカウイルス感染症にはワクチンも予防薬もありませんので、自分たちで予防をしなければなりません。
デング熱・チクングニア熱・ジカ熱・黄熱およびウエストナイル熱を媒介するヤブカ属は昼間吸血性のため、対象地域を旅行する際は昼間でも対策が必要です。また、ヒトスジシマカと違いネッタイシマカは都市部でも生育可能なため、注意が必要です。
その地域に分布する媒介蚊を可能な限り減らすことが最も効果的です。蚊は少しの水たまりでも卵を産みますので、環境改善により蚊の幼虫発生源(空き缶、ペットボトル、古タイヤ、植木鉢の受け皿等の水溜まり)をなくすようにしましょう。

4:熱帯感染症で参考になるサイト

厚生労働省検疫所(FORTH)のサイト  「海外で健康に過ごすために」
厚生労働省の検疫所がFORTH(フォース)という名称で、海外渡航者向けに海外の感染症の最新の流行状況や予防方法などの情報を掲載しているサイトです。渡航前の予防接種実施機関などのリストもあり、渡航前や帰国後にも熱帯感染症で参考になる資料や連絡先が掲載されている。

国立感染症研究所 「輸入感染症」
日本で感染症研究の最高峰である国立感染症研究所のサイトでは、マラリアを始めとした熱帯の感染症を輸入感染症としてページを設けています。感染症に関しては、症状から治療法まで詳しく記載があり、SARSなどの過去に感染拡大した感染症の報告もあります。

あとがき

コロナが収束し、事業として業務で海外出張や海外での長期滞在を従業員に課すことも増えて来ていると思います。熱帯地域でも衛生環境の整備されていない農村部での滞在を伴う場合は、熱帯感染症の予防接種や感染防止対策を出発前にどこで受診するのが良いか、産業医と相談してください。(産業医 関谷剛)

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