障害者雇用〜障害者の法定雇用率が引き上げられることが今年3月末に決定〜
統括産業医の関谷です。
日本でも新型コロナウィルスが感染症法上の位置づけが、5月8日より季節性インフルエンザと同じ第5類に移行することが決まり、アフターコロナ時代の働き方や暮らし方を事業所でも新たに構築して行く時期に来たのではないでしょうか。コロナ流行前から国内では「働き方改革」が国会でも議論され、世界に目を移せば「ダイバシティ(Diversity:多様性)」や「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」 の実行が企業にも求められるような時代になりました。
新しい社会の動きに合わせるかのように、障害のある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す「ノーマライゼーション(Normalization)」の理念に基づき、政府は2023年(令和5年)3月末に、令和5年度から令和9年度までの5年間を対象とする第5次障害者基本計画を策定し、2024年4月から障害者の法定雇用率が段階的に引き上げられることが決まりました。
現行、民間企業での障害者の法定雇用率は2.3%とされていますが、2024年4月より2.5%、2026年7月より2.7%へ段階的に引き上げられます。これに伴い、障害者を1人雇用しなければならない事業主の範囲が、2024年4月より「従業員40人以上」、2026年7月より「従業員37.5人以上」へ広がることになります。
この改正に伴い、2024年4月より従業員40人以上の事業主、2026年7月より従業員37.5人以上の事業主は、次の対応が求められるようになります。
1:毎年6月1日時点の障害者雇用状況をハローワークに報告すること
2:障害者雇用の促進と継続を図るために「障害者雇用推進者」を選任するよう努めること
3:障害者を解雇する場合、ハローワークに解雇届を届け出ること
働く意欲のある障害者がその適性に応じて能力を十分に発揮することができるよう、多様な就業の機会を確保するとともに、就労支援の担い手の育成等を図ることした国の施策です。これらを踏まえ、各事業主における障害者の職場・職域の拡大に向けた支援を政府や自治体でも適切に行っていくことに加え、障害者本人と企業双方に対して必要な支援ができる専門人材の育成・確保を行うとともに、地域の支援機関の適切な役割分担と連携により、福祉と雇用の切れ目のない支援を実施していく方針を打ち出しています。
障害者雇用の促進及びその職業の安定を図るためには、事業主をはじめとする国民一般の障害者雇用への理解が不可欠であることは間違いなく、人権の擁護の観点を含めた障害の特性等に関する正しい理解を、この機会に学んでみて下さい。
1:障害者雇用とは
障害者雇用とは「障害者の雇用の促進等に関する法律」(障害者雇用促進法)において定められた制度であり、障害者の安定的な雇用を目的としています。まずは障害者雇用という制度が設けられた背景や、対象者について解説しましょう。
■障害者雇用の背景■
障害の有無にかかわらず、人それぞれの希望やスキルに合った仕事において活躍できる社会を構築していくことが、障害者雇用の目的です。身体や精神に障害を持つ人も、障害を持たない人も、社会を担う一員に変わりはありません。障害者雇用の制度が設けられた背景には、すべての人との「共生社会」の実現という理念があるのです。
厚生労働省は、この共生社会を実現するため、民間企業や国、地方公共団体、都道府県教育委員会などに対する雇用義務の制定や各種助成制度を通して、障害者雇用を推進しています。
■障害者雇用枠の対象者■
障害者雇用枠の対象となる障害者のうち、身体障害者は「身体障害者手帳」の、知的障害者の場合は「療育手帳」の保有が条件となります。精神障害者については「精神障害者保健福祉手帳」を所持しており、さらに症状が安定していて、就労可能な状態である障害者が対象です。後述する、民間企業の「障害者の法定雇用率」の対象になるかどうかは、これらの各種手帳によって確認が行われます。
■民間企業に対する障害者の雇用義務■
厚生労働省は、43.5人以上の従業員を雇用している民間企業に対して、1人以上の障害者の常用雇用義務を課しています。民間企業に課せられた「障害者の法定雇用率」は、従業員の2.3%(国、地方公共団体は2.6%、都道府県等教育委員会は2.5%)です
【障害者を雇用する手順】
実際に企業が障害者を雇用するには、何をどのように進めたらいいのでしょうか。まずは計画的に準備を進めていく必要があります。雇用するだけでは、実際に就労する現場の従業員が対応できなかったり、障害者が働ける環境が整っていなかったりするトラブルが起きる可能性があります。障害者を雇用する手順は、下記を参考にしてください。
<障害者雇用から定着までの手順>
1.障害者雇用に対する理解を深める
2.ハローワークや地域障害者職業センターなど支援機関への相談
3.社員研修の実施等を通して現場の理解を深める
4.受け入れ部署の決定
5.就労に必要な備品等の整備
6.募集人数や採用時期の決定
7.募集~採用活動
8.雇用
9.雇用継続・定着のための施策実行
2:障害者雇用の配慮
企業が障害者雇用を行うべき理由とは何でしょうか。法律に定められた義務を果たすだけではなく、企業が障害者雇用を行うことによって得られる企業イメージの向上や、行政側から各種助成・支援が受けられるというメリットも多々あります。ここでは、企業が障害者雇用を行う際の配慮について考えるようにしましょう。
■障害者に対する合理的配慮■
事業主は、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、募集・採用に当たり障害者からの申出により障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければなりません。
また、障害者である労働者と障害者でない労働者との均等待遇の確保や、障害者である労働者の能力発揮の支障となっている事情を改善するため、障害の特性に配慮した、施設整備、援助者の配置などの必要な措置を講じなければなりません。ただし、事業主に対して「過重な負担」を及ぼすこととなる場合は、この限りではありません。(障害者雇用促進法第36条の2~36条の4)
■合理的配慮による業務効率化が期待できる■
障害者が企業でストレスを感じることなく働く環境を整えるためには、障害者のための個別の調整や変更、いわゆる「合理的配慮」が必要となります。これまで当たり前に行っていた業務フローをあらためて見直すことは、それまでの企業内の属人的な業務手順を見直すいいタイミングです。誰にとってもわかりやすく無駄のないフローへの改善は、結果として企業としての業務効率化につながるはずです。
■テレワークの導入と合理的配慮■
今般の新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う緊急事態宣言や外出自粛要請などにより、日本の企業でもテレワークが急速に広がりました。 テレワークの普及により、障害者の働く機会が拡大することが期待されます。何よりも、「通勤」という移動の負担や、 「職場」という物理的な制約が無くなることは、車いす利用者などの身体障害者にとってはもちろん、騒音、人の密集や対人関係を苦手とすることが少なくない精神・発達障害者にとっても、安定して就業を継続するための朗報でしょう。
ただし、注意していただきたいのが、障害者の雇用においても、通常の雇用と同様に、労働基準法をはじめとする労働関係法令が適用され、事業主には「健康・ 安全配慮義務」があることです。したがって、事業主は、テレワークであっても労働時間を管理・把握し、働き過ぎを防止しなければなりません。また、テレワークを行う自宅の作業環境や作業方法が、障害者の心身を害するおそれのあるものにならないよう、少なくと も、障害者に適切な情報を提供し、指導・教育を行うべきです。
3:障害者との職場作り
新たな働き方のもとで、あらゆる障害特性を持つ方が職務能力を発揮し活躍できる場を広げるとともに、知的障害のある方などが働きやすく、職務能力を発揮できる雇用と福祉を融合した新たな職場作りを考える機会にしてみてください。
<障害者のための職場づくりについて望まれること>
1.障害者の種類や程度に応じた職域の開発。採用試験を行う場合には、応募者の希望を踏まえた点字や拡大文字の活用、手話通訳者等の派遣、試験時間の延長や休憩の付与等、応募者の能力を適切に評価できるような配慮。障害者の適性と能力に考慮した配置
2.十分な教育訓練期間を設けることや雇用継続が可能となるよう能力向上のための教育訓練の実施
3.障害者の適性や希望等も勘案した上で、その能力に応じ、キャリア形成にも配慮した適正な処遇
4.障害の種類や程度に応じた安全管理や健康管理の実施、安全確保のための施設等の整備、職場環境の改善
5.障害特性を踏まえた相談、指導及び援助(作業工程の見直し、勤務時間・休憩時間への配慮、援助者の配置等)
6.職場内の意識啓発を通じた、職場全体の障害及び障害者についての理解や認識を深めること
4:障害者雇用で参考になるサイト
障害者雇用のルールと支援策
厚生労働省では障害者雇用に関しての障害者雇用率制度や障害者雇用納付金制度などのルールについて関連する資料がダウンロード出来るようにしたページを設けています。事業主が利用できる支援策についても詳しく紹介していますので、障害者雇用を新たに行う方は是非一度御覧下さい。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構のサイト
障害者の雇用では職業紹介や職業指導・求人開拓に関してはハローワークが窓口となり、職業リハビリテーションサービス(職業評価、準備訓練、ジョブコーチ等) では全国に47カ所ある地域障害者職業センターでも相談を受け付けています。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構では、障害者の雇用支援に関する相談窓口、障害者雇用納付金の申告や助成金の受付、イベント・セミナーの開催や調査研究に関する情報等を提供しています。
あとがき
事業所で働く従業員が本人の意思にかかわらず障害者や難病患者になることもあります。杖を使ったり車椅子で出勤したいという高齢者も今後出てくる事もあります。職場のユニバーサルデザイン(バリアフリー)についても是非産業医と相談する機会を持ってみて下さい。産業医 関谷剛