転倒と骨折〜増え続ける転倒災害の原因と対策〜

統括産業医の関谷です。
一年で最も気温が下がり、乾燥する冬の時期に、インフルエンザや風邪などの感染症以外にも気を付けたいことがあります。それは転倒です。
意外に思われるかもしれませんが、転倒は休業4日以上の死傷災害のうち最も多く発生している労働災害であり、年々増加傾向にあることから、厚生労働省では事業者に対して転倒防止対策を推進しています。
なぜ今、転倒が増えてきているのでしょうか? 実は、これには複数の社会的な要因が重なっているためです。転倒の背景を知ることで、効果的に防ぐこともできますから、ぜひこの機会に転倒と骨折について、理解を深めてください。
[1]増え続ける転倒災害
転倒災害を受けた人は10年前から増え続けており、厚生労働省の2025年の統計では3万6千人にまで増加しています(図1)

図1:厚生労働省「令和6年労働災害発生状況について」より作成
■女性に多い転倒災害■
転倒は、休業4日以上の死傷災害のうちで最も多い災害で、厚生労働省の統計で、性別・年齢別の内訳で見ると、全体の28%と最も割合が高いのは60歳以上の女性で、次に50代の女性19%で、合わせて47%と、約半数を50代以上の女性が占めています。
中高年の女性に転倒災害が多くなっている要因としては、女性の社会進出によって、これまでの事務職だけでなく、建設業や運送業などの力仕事を伴う職場での業務にも女性が携わるようになったことが考えられています。また、働き手の不足という側面から、これまでだと若い男性が多かった警備業などにも、中高年の女性が携わることで人手不足を補うようになってきたという社会的背景も指摘されています。
[2]転倒災害が起きる要因
転倒と聞くと、大きく転げ落ちるようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、転倒災害の統計では、転倒時の類型がまとめられており、最も多いのは「つまずき」で約38%、次に多いのは「滑り」で約32%です。
この統計では「つまずき」が起きた原因をさらに細かく分けており、最も多い原因は「何もないところでつまずいて転倒」(27%)で、次に多いのは「作業場・通路に放置された物につまずいて転倒」(16%)となっています。つまり、転倒災害は、建設現場や特殊な作業場ではなく、通常の事業所内で発生しています。
■つまずきと滑りの要因■
「つまずいたり」「滑ったり」する要因としては、屋外では雪が降った後の凍った路面や、事業所の床が滑りやすい素材であったり、床に水や油などが残ったままの状態であったことが挙げられます。また、近年はどの事業所でもPC周りの接続や電源確保で、様々なコードや配線が床面に張り巡らされていることも指摘されています。
■転倒によるケガの7割は骨折!■
転倒によるケガの態様としては、その7割が骨折となっています。20代や30代の方々では理解しにくいと思いますが、年齢を重ねると、ちょっとつまずいただけでも、大ケガにならないように手をついたところ、その手が骨折したり、転びそうになって踏ん張って足に力を入れたところ、かかとの骨にヒビが入ってしまったりします。
前述の厚生労働省の統計で、性別・年齢別の内訳で50代の女性の次に多いのは、60歳以上の男性で、第4位は50代の男性であり、50代以上の男女が全体の72%を占めていいます。転倒により骨折にまで至る割合が高いことから、転倒災害の大部分が中高年者であることがお分かりいただけると思います。
高齢の女性では、本人が気がつかないうちに骨粗しょう症になっていて、転倒して骨折したことをきっかけに、骨粗しょう症であることが判明する場合もあります。骨粗しょう症で骨折した場合、骨折してから完治するまでの期間は長くなります。
[3]転倒災害の防止対策
事業所内で転倒災害を防ぐためには、日頃から整理(Seiri)・整頓(Seiton)・清掃(Seiso)・清潔(Seiketsu)に取り組むことが重要です。これらの頭文字を取って「4S」と呼ばれることが多いですが、従業員が歩く場所は床面の汚れを取り除き、水や油をこぼしたらすぐに拭き取り、物は放置しないといった「4S」習慣を一人一人が身につけることが重要です。

■転倒しにくい環境づくり■
転倒の危険性がある場所には、ステッカーなどを掲示して注意喚起をしたり、事業所内の危険マップを作成して危険情報を共有することも、転倒を未然に防ぐ手段です。
さらに、もし転倒事故が発生したら、その原因を探り、滑りやすい床であったら新たにマットを敷いたり、暗い廊下なら足元が見えるようにライトを増やしたり、段差があることが分かりにくい階段では色付きの滑り止めを設置するなどの対策を施すようにしましょう。
■ケガをしない身体づくり■
転倒をしないように、40代以上であれば性別にかかわらず、筋力低下防止に努めるため、体操や運動を行うことも重要です。一般に、加齢とともに身体機能は低下し、転倒しやすくなることを、中高年に達したら自覚することも、転倒による骨折を防ぐ手段です。転倒しないための運動や体操とは、転ばないためのバランス力を鍛え、体幹を鍛える運動です。
筋肉を付けるためや骨折しにくい身体づくりには、カルシウムやタンパク質の摂取といった食事内容についても意識しましょう。特に女性では加齢により骨折のリスクが増大してきますから、骨粗しょう症の検診を受けたり、専門病院で治療することも視野に入れるようにしてください。また、仕事などの疲れで集中力が散漫になり、転倒してしまうこともありますから、仕事が終わってからは睡眠をしっかりとることも忘れないでください。
厚生労働省では、高年齢労働者の労働災害防止のための設備改善や、専門家による指導を受けるための経費の一部を補助する「エイジフレンドリー補助金」という枠もありますから、60歳以上の高年齢労働者を雇用している事業所では、上手に活用してみてください(2025年度は5月15日〜10月末まで申請受付)。URLは[4]に記載しているので参照してください。
[4]転倒と骨折で参考になるサイト
厚生労働省 「職場のあんぜんサイト」転倒災害防止対策の推進について
「職場のあんぜんサイト」は、厚生労働省が開設し、その運用保守と新規コンテンツの作成が2023年度に独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所に移管されたWebサイトです。「転倒災害防止対策の推進について」というページを開設し、労働災害防止団体の取組や関連するセミナーなどのリンクを貼っています。
厚生労働省 東京労働局 転倒防止策
東京労働局では、ニュース&トピックスとして、法改正や新しい施策に関して、お知らせとしてWebサイトで情報を公開しています。転倒防止対策に関しては、事業者や働く人向けの各種リーフレットをダウンロードできるようにしています。2020年3月に策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)に基づき「転倒等リスク評価セルフチェック票」も公開しており、身体機能の低下に起因する転倒リスクの可視化の取組をサポートしています。
YouTubeチャンネル「関谷剛の産業医こぼれ話」 2026年1月『転倒と骨折』
医師・産業医の関谷剛先生が、この通信と同じテーマについて解説した動画を毎月公開しております。文章だけでは伝わりにくい、病気予防のポイントや産業医としての経験談などを自らの言葉で説明しています。YouTubeチャンネルで御覧頂けますから、事業所でもご家庭でもぜひ御覧下さい。
あとがき
事業所内の危険マップは、普段から社内環境を見慣れた社員だけで作成すると、どうしても危険箇所に気がつきにくいですから、第三者の専門家の視点を取り入れるためにも、ぜひ産業医に相談してみてください。(産業医 関谷剛)



















