認知行動療法~自分の心の法則に気付きましょう~

統括産業医の関谷です。
4月は新入社員の入社や部署の異動もあり、これまでは顔しか知らなかった会社の同僚と、新たに一緒に働き出すような機会が生まれる季節です。
同じ会社に勤務していても部署が違っていると、案外交流が無かったので、机を並べて一緒に仕事をすると、かみ合わなかったり、相手の行動にイラついたりする経験があったりしませんか?
ストレス社会と言われる現代で、ストレスは自らの性格が発端となってしまっていることに気がつかないまま、悩みを抱えてしまっている人が少なくありません。
今月は、ストレスを抱え込まないようにするための思考方法について、医学的なアプローチを紹介したいと思います。
【1】認知行動療法とは?
■うつ病は薬物療法だけに頼らない時代に■
いま、日本では年齢や職業にかかわらずうつ病と診断される人が増えており、うつ病は約15人に1人が経験する身近な病気になっています。几帳面で責任感や正義感が強く、他人から信頼される真面目な人、その一方で上手な手抜きができず、自分一人で責任を抱え込んでしまいがちな人がなりやすいともいわれています。
うつ病の治療では、以前は医師の診断後に抗うつ剤や睡眠導入剤に抗不安薬(精神安定剤)等の薬を用いる薬物療法だけでしたが、現在では精神療法・カウンセリングも同時に用いることが多くなりました。薬と一緒に精神療法(心理療法)を用いることで病気の再発が少なくなるとされており、その精神療法の一つとして近年注目を集めているのが「認知行動療法」です。
「現実の受け取り方」や「ものの見方」を認知といいますが、認知行動療法は認知に働きかけて、心のストレスを軽くしていく治療法です。認知行動療法は、極端な考えや行動を修正することによって、うつ病などの精神疾患を治療するために開発され効果が実証された精神療法で、世界的に使われています。
【2】認知行動療法の考え方
認知行動療法では、感情が動いたときに瞬間的に頭をよぎる考えに注目します。そうした考えは、ほとんど意識されないまま自動的に浮かんで消えていくので「自動思考」と呼ばれています。
私たちの感情は、そのときのとっさの考え、自動思考の影響を受けて変化します。感情を意識的に変えることはできませんが、考えであれば変えることができます。認知行動療法はその考えに働きかけるのですが、それは考えが変われば感情を変化させることができるからです。生活する上で、つらくなる認知を変える習慣を身につけると、過ごしやすい日々を送れるようになります。
■決めつけ思考に注意する■
つらい気持ちになったとき、「いつもこうなんだ」、「絶対うまくいかない」、「どうせ何をやってもダメだ」など、決めつけ思考になっていないかどうか確認してみましょう。そうした決めつけ思考に気づいたときには、良いことも良くないことも起きている現実に目を向けて、先に向かう工夫をしてください。
■自分に優しくなりましょう■
他の人から一方的に、「ダメ人間」、「嫌われ者」、「お先真っ暗」と言われると腹が立つでしょう。それなのに、つらくなっているときには、こうしたひどい言葉を自分が自分に投げかけていることがよくあります。
そのような、自分、人間関係、将来に対して悲観的に考える状態を「否定的認知の三兆候」と呼びますが、それでは本来持っている自分の力を発揮することはできません。つらいときこそ、自分が自分に寄り添うことが大事です。
■今の自分を大切にしましょう■
ストレスがたまってくると、私たちは、過去を振り返って後悔したり、将来のことを考えて不安になったりしやすくなります。しかし、過去は変えることができません。将来がどのようになるかもわかりません。私たちにできるのは、過去を現在に生かすことです。
認知行動療法のアプローチでは、”今”起きている出来事に目を向けて、問題に上手に対処しながら、自分らしく生きていけるように手助けします。
【3】認知行動を改めるコツ
学生生活とは異なり、会社に合わせた生活リズムや世代の異なる人達とのコミュニケーションに、新しい技術や知識の習得など新卒社員には、様々な悩みやプレッシャー、不安にぶつかっていると考えてください。
■やる気を出すコツ■
しなければならないとわかっていても、やる気が出なくて行動に移せないことはよくあります。でも、やる気は待っていても出てきません。行動しないことで、ますますやる気はなくなってきます。
そうしたときに、やりがいを感じられることや楽しめることをすれば、またやってみたいという気持ちになります。それも、大がかりな行動ではなく、ごく日常的な行動の積み重ねが、心を元気にします。これが、「行動活性化」と呼ばれる方法です。
行動の活性化につながるとされる行為には以下のような種類があるとされます。
◆最近楽しかった活動ややりがいを感じた活動
◆過去にやって良かった活動
◆考えすぎないですむ活動(体を動かす、片付け、漫画を読む、喫茶店で息抜き、部屋を飾る、手芸、絵を描く、植物の水やり等)
◆敢えて状況や気分にそぐわない活動(落ち込んでいるときに明るい服を着る、鼻歌を歌う、スキップする、わざとニコニコする、子どもと遊ぶ、カラオケに行く等)
◆何もしない活動(ボーッと空を眺める、ゆっくり風呂に入る、入浴剤を入れる、寝室でお香を焚く等)
いろいろなタイプがありますので、自分にあったものを選ぶようにしてください。
■考えを切りかえるコツ■
考えを切りかえようとしても、同じ考えが頭のなかをグルグル回ってうまくいかないことがあります。そのようなときには、自分から距離を置いて、何が起きているかを丁寧に見てみると良いでしょう。
そうすれば、良くないことも、良いことも目に入ってきて、的確な判断ができるようになります。こうした方法は、「認知再構成法」と呼ばれています。極端に良い可能性と良くない可能性を考えてみたり、他の人の立場に立って考えてみたりしても、工夫につながる考え方ができるようになります。
■問題解決のコツ■
問題解決に取り組むときには、解決できそうな問題から、ひとつひとつ取り組むようにしましょう。解決策も、最初からひとつに決めるのではなく、できるだけ多くの異なった解決策を考えてみるようにしましょう。これを「数の法則」と呼びます。そのためには、役に立つかどうかの判断は後回しにします。これを「判断遅延の法則」と呼びます。
解決策が出そろったところで、実行しやすく解決する可能性の高い方法を選んで問題に取り組みましょう。
【4】認知行動療法で参考になるサイト
厚生労働省HP 心の健康
うつ病対策や認知療法・認知行動療法マニュアルを掲載、各種資料もダウンロード出来るようになっています。災害時の精神保健対策もこのページにマニュアルが用意されており、災害時の心のケアに備えるためにも、ぜひアクセスしてみてください。
東京都労働相 こころの情報サイト 国立精神・神経医療研究センター運営
以前開設されていた「みんなのメンタルヘルス総合サイト」の情報は、令和5年4月より国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターの「こころの情報サイト」に掲載されています。
「こころの情報サイト」は、こころの健康づくりに関する情報と医学的情報、医療・福祉・労働・年金等にわたる様々な社会的支援に関する情報、国の施策に関する情報を一般の皆様に向けて、総合的に、正確に、かつ分かりやすく提供しているサイトです。
東京大学医学部精神医学研究室 「入門!認知行動療法」
東京大学医学部精神医学研究室では、認知行動療法の様々な手法を、架空の事例を通してインタラクティブな講義形式で学ぶ「入門!認知行動療法」という心理教育プログラムをサイトで公開しています。プログラムは全7回で構成されており、個人認知行動療法を行う際の参考資料として利用できるように、それぞれの回は独立した内容にしており、1回だけでも理解できるような教材になっています。
NHKきょうの健康 うつ病徹底解説「認知行動療法とは?」
NHKでは番組で健康に関して放映した内容について、サイトで紹介しています。認知行動療法に関しては、うつ病の治療方法の一つとして紹介され、番組で使われた写真やイラストを使って、専門の医師が監修した内容を分かりやすく掲載しています。
関谷剛のYouTube動画「産業医講話」 2025年4月『認知行動療法』
医師・産業医の関谷剛先生が、この通信と同じテーマについて解説した動画を毎月公開しております。文章だけでは伝わりにくい、病気予防のポイントや産業医としての経験談などを自らの言葉で説明しています。YouTubeチャンネルで御覧頂けますから、事業所でもご家庭でもぜひ御覧下さい。
あとがき
ビジネスでもスポーツでも役に立つ認知行動療法を受けたいと思われたら、この療法の訓練を行っている精神科の医師、プロのカウンセラーに治療を行ってもらうことをお勧めします。詳しくは、産業医に相談してみてください。(産業医 関谷剛)