男性更年期障害(LOH症候群)~働き盛りの男性が発症する疾病〜
統括産業医の関谷です。
更年期障害は、高齢の女性がかかる病気として一般的に知れ渡っていますが、実は男性にも更年期障害があります。女性だと発症する年齢が50代以上が多いのに対して、男性更年期障害は30代から50代の働き盛りの世代が発症する疾病です。もしかしたら、その体調不良は更年期障害かもしれません。
[1]男性更年期障害とは
男性の更年期障害は男性ホルモンの一つであるテストステロンなどが原因となり、一般的に40歳以降テストステロンなどは加齢とともに穏やかに減少していき、これにより身体の様々な機能に症状が現れます。
■LOH症候群とは■
男性ホルモンが減少することを「LOH症候群(late-onset hypogonadism)」と呼ばれ、これは男性ホルモンの部分欠乏による諸症状、諸徴候からなる症候群です。LOH症候群は加齢にともなう一般現象ですが、男性更年期障害は必ずしもテストステロン低下のみにて生じるわけではなく、精神的なことが要因になったりもするため、検査を受けて、重症な場合、専門医に診て貰う事が重要です。
■男性更年期障害の症状■
症状は大きく身体症状と精神症状に分けられます。ほてり、のばせ・汗をかきやすいなどのいわゆる更年期症状や、身体がだるい、筋力低下、骨密度低下、頭痛・めまい・耳嶋りなどの症状が出ることがあります。また尿の勢いが悪い、頻尿、夜間頻尿などの排尿症状を伴うこともあります。
男性ホルモン(テストステロン)の減少で起こる代表的な身体的症状にED(勃起障害)があります。60歳代の日本人の60%以上にみられ、珍しいことではありません。EDは、かつては気のもちようだとか、糖尿病などの生活習慣病が悪化して起こるとされてきましたが、近年「血管病」としてもとらえられています。それは、勃起のメカニズムが、血管の機能と深く関係があり、血管の健康が失われる(動脈硬化が進み、血流が悪くなる)とEDが起こりやすくなるためです。陰茎の動脈は非常に細いため初期の動脈硬化でも影響が現れやすく、EDは「最初に自覚できる生活習慣病」だと考えられます。性欲のあるなしに関わらず、EDは男性の健康の“見張り役”になるわけです。
精神的な症状としては、不眠、無気力、元気がない、怒りやすい、なんとなくイライラする、性欲低下、集中力や記憶力の低下、認知力の低下、などの症状が出ることがあります。これらの精神的症状は時にうつ病との鑑別が極めて困難です。
テストステロンの減少は生活習慣病にも影響
加齢男性で男性ホルモン(テストステロン)値が低い場合、抑うつ状態、性機能・認知機能の低下だけでなく、糖尿病や肥満、メタボリックシンドローム、骨粗しょう症、心血管疾患(動脈硬化・血管内皮機能の低下)などに関係するとの研究結果や、テストステロン値の高い人のほうが長寿という報告もあります。また、男性ホルモンの減少は認知症やサルコペニア(筋肉減少症)とも関連します。
男性ホルモンは多くの病気のリスクから身を守ってくれる、健康長寿のための大事な相棒といえそうです。
[2]更年期障害における男性と女性の違い
女性の場合は、閉経期前後の約10年間に卵巣ホルモンであるエストロゲンの分泌が急激に減少することによって症状が現れます。男性の場合は、30歳以降睾丸ホルモンであるテストステロンの分泌が減少し始め40歳代後半で症状が現れることがありますが、女性の場合と較べ分泌量の変化が緩やかなため老化現象の一部と認識されて気付かれないことが多いと見られます。
更年期障害は働く男女にとって就労に影響し、仕事の継続が困難になるケースも存在し、QOLを損なう可能性があります。更に、事業所でも更年期障害の対応は女性と男性では替えていく必要があり、医療現場ではこれらのことを「性差医療」として捉えられています。
■GMS医療とは■
近年、GSM(Gender-specific Medicine:性差医療)が注目されています。GSMとは男女比が圧倒的にどちらかに傾いている病態や、発症率はほぼ同じでも男女間で臨床的に差をみるもの、いまだ生理的・生物学的解明が男性または女性で遅れている病態、社会的な男女の地位と健康の関連などに関する研究を進め、その結果を疾病の診断、治療法、予防措置へ反映することを目的とした医療改革です。
■更年期障害にみられる男女の性差■
厚生労働省は2022年度3月に全国の20歳から64歳の合計5000人(女性2,975人、男性2,025人)に更年期における課題や疾患の予防・健康づくりへの支援への在り方を検討する ことを目的とした「更年期症状・障害に関する意識調査」を行いました。
その結果、40・50歳代で更年期症状が一つでもある人のうち、家事・外出・育児・介護・社会活動等において、影響が「少しある」「かなりある」人の割合は 3 割程度あることが判りました。この世代の方だけでなく、周囲の私たちもこの世代に体調不良が出やすいことを理解し、男女による症状や治療に違いがあることを理解してサポートしていきましょう。
【異なる点は?】
発症年齢
女性:一般的には45〜55歳頃(閉経の前後5年ずつ)
男性:40歳代頃(男性ホルモンが低下し始めるころ)から
原因物質
女性:卵巣ホルモン(エストロゲン)の分泌が減少
男性:睾丸ホルモン(テストステロン)の減少
診療科
女性:婦人科、更年期外来、女性外来
男性:泌尿器科、男性更年期外来
主な症状
女性:身体的症状/のぼせや顔の火照り、脈が速くなる、動悸や息切れ、異常な発汗、血圧が上下する、耳鳴り、頭痛やめまいなど
精神的症状/興奮亢進、イライラや不安感、うつ、不眠など
男性:身体的症状/ほてり、のぼせ、汗をかきやすい、身体がだるい、筋力低下、骨密度低下、頭痛、めまい、耳嶋りなど
精神的症状/不眠、元気がない、怒りやすい、性欲低下、集中力や記憶力の低下、認知力の低下など
治療方法
女性:ホルモン補充療法(HRT)、漢方治療が主流。精神的症状が強い場合などは抗うつ剤、睡眠剤などを処方
男性:漢方薬、ED治療薬、抗うつ薬などを処方
治療期間
女性:閉経の前後5年の約10年間。更年期の症状でつらい期間は5年程度
男性:個人差が大きく、症状によって半年〜1年程度。重い症状だと長期的な治療が必要となる
[3]男性ホルモンの低下を防ぐには
男性の更年期障害の対策は、テストステロンの低下を防ぐことです。テストステロンは社会性ホルモンとも呼ばれ、家庭や会社、地域のコミュニティーの中で評価される、認められる、あるいは褒められると分泌量が上昇すると言われています。
男性の更年期障害の症状を改善するには、まず生活習慣を見直すことが大切です。日常生活の中でテストステロンの低下を防ぎ、高めていく方法を紹介します。
■運動の習慣化■
運動で大きな筋肉を動かすことは、男性ホルモンの増加につながります。筋肉自体もテストステロンをつくっています。腕立てやスクワットなどの筋肉トレーニング、階段の上り下りや早歩きなどの運動を毎日10分くらいでも継続して行うと、男性ホルモンは上がっていきます。また、サッカーやバスケットボールなどのチームで行うスポーツは、仲間や対戦相手を意識したり、勝って盛り上がったりすることにより、テストステロンの分泌を高めることが期待できます。
■夜更かしをしない■
男性ホルモンは眠っている間、特に夜中の1~3時ごろに多くつくられるので、睡眠時間を十分にとることが大切です。LED(発光ダイオード)の光は、交感神経を刺激して睡眠を妨げてしまうので、質の高い睡眠のためには、就寝前はスマートフォンやパソコンの使用を控え、照明を落としてリラックスしましょう。
■ストレスを溜めない■
強いストレスが起こると、脳は精巣(精巣)からテストステロンを出すという司令をシャットダウンして、テストステロンをつくる働きが低下してしまいます。そうはいっても、現代社会の中でストレスを全てなくすのは難しいので、ストレスがあるということを前提にその解消法を考えることも大切です。
多くの人に有効なのが入浴です。ゆっくり湯船につかり、1日の疲れを癒やしましょう。また、笑うことや、30秒から10分間程度、呼吸を整えて気持ちを落ち着かせる「マインドフルネス(瞑想[めいそう])」も有効です。好きなことに没頭するなど、自分なりのリラックス法を見つけましょう。
■適度な競い合い■
テストステロンは、他人と競い合うことによって分泌が高まります。ゴルフやテニスなどのスポーツ、囲碁や将棋といったゲームなど、他人と競うことによって男性ホルモンは分泌されてきます。
また、男性ホルモンは自己表現を通じて周囲に認められると高まります。例えば、趣味の世界でも作品を展覧会に出品する、カラオケで仲間と歌ってみるなど、社会やコミュ二ティーの中で自己表現できる場所をつくることが大切です。
■食生活を見直す■
テストステロンをつくるには、良質なたんぱく質をとることが必要です。肉に含まれるアミノ酸の一種であるカルニチンには、テストステロンの分泌を高める作用があります。特に羊の肉(ラム肉)などに多く含まれています。また、貝類は良質なアミノ酸とともに精巣に働く亜鉛を多く含んでいるので、テストステロンの分泌を促すとされています。
「糖質ダイエット」が流行していますが、テストステロンを作るには糖質も必要です。糖質や脂質、食物繊維などをバランスよくとることが大切です。ストレスの発散にもなるので、人との会話を楽しみながら食事をするとよいでしょう。
【AMSスコアでセルフチェック】
40歳を過ぎた男性で、身体の不調を感じたら、まずはセルフチェックでご自身の状態を確認してみてください。男性更年期障害の診断に広く用いられている「AMSスコア」と呼ばれる質問票などに記入していただくと、症状の重症度や、どの症状が特につらいのかが分かります。
*合計点による採点方法
17~26点 : 男性更年期障害ではない
27~36点 : 軽度男性更年期障害の可能性
37~49点 : 中程度男性更年期障害の可能性
50点以上 : 重度男性更年期障害の可能性
[4]男性更年期障害で参考になるサイト・アプリ
一般社団法人日本内分泌学会のサイト
私達の体の中では、種々の作用を持つ物質がうまく調和して全身の臓器に作用し、人間の生命を維持し、生体の恒常性(正常な機能を維持する仕組み)や正常な代謝機能を保っています。これらの、正常な機能を保つのに必要な体の機構が内分泌代謝です。 内分泌代謝作用を示す物質をホルモンと呼び、その専門学会のサイトに男性更年期障害(LOH症候群)について詳しく書かれてありますので、ぜひ参考にしてみてください。
男女の更年期障害
公益財団法人長寿科学振興財団のサイトに「老いとジェンダー」として「性差医療 男女の更年期障害」について更年期障害が女性と男性では治療方法や予防処置に違いがあることを医師の執筆で専門的に紹介されています。
あとがき
働き盛りの男性では何となく体調がおかしいと感じても、仕事の忙しさを理由に病院に診療に行かないケースがほとんどだと思います。LOH症候群をはじめ加齢と共にゆっくりと進行する病気があることを知り、定期健診や職場の産業医に症状を相談して大病になるのを未然に防ぎましょう。産業医 関谷剛