不安症とパニック障害
統括産業医の関谷です。
コロナ感染が拡がり、以前と比べ職場でもプライベートでも人と会う機会が減り、一人孤独に過ごす時間が長くなってしまいがちになり、心に不安を抱えてしまう人が周りにいませんか? 今年3月に世界保健機関(WHO)が、新型コロナウィルスの世界的な感染が拡がり始めた2020年に抑うつ病と不安障害の症例がどれだけ増加したかを調べたところ、抑うつ病では患者数が27.6%、不安障害では25.6%増加したという報告が出されました。(*1)
不安障害とはいったいどういう病気でしょうか? 広くは不安症(不安症群)という病名で呼ばれ、その症状で細かく種類が分かれます。不安というものは、本来自分自身に警戒を促すために備わっている機能のひとつです。この信号によって危険や危機に備えたり、回避をします。この機能は誰にでもあるものですが、不安症のひとつである不安障害では、その信号が過剰になったりすることで、危険や危機でないものにまで不安や恐怖を感じ、日常生活に支障が出てしまいます。
その他に人前での発表や意見を言う場面で不安を感じることは誰にでもあることですが、このような状況で普通の人より強い不安を感じてしまい、毎日の生活や仕事に支障をきたしてしまうことも不安症のひとつです。
そして、突然理由もなく、動悸やめまい、発汗、窒息感、吐き気、手足の震えといった発作(パニック発作)を起こし、そのために生活に支障が出ている状態をパニック障害といいます。このパニック発作は、死んでしまうのではないかと思うほど強くて、自分ではコントロールできないと感じます。そのため、また発作が起きたらどうしようかと不安になり、発作が起きやすい場所や状況を避けるようになります。とくに、電車やエレベーターの中など閉じられた空間では「逃げられない」と感じて、外出ができなくなってしまうことがあります。コロナ感染と寒さで家に閉じこもりがちになって、不安症になりやすい季節ですから、ぜひこの機会医に様々なタイプの不安症について理解を深めて下さい。
(*1)“Global prevalence and burden of depressive and anxiety disorders in 204 countries and territories in 2020 due to the COVID-19 pandemic”(Lancet, Vol 398, 6 November 2021)
【1】不安症の種類
「不安症(不安症群)」というのは、精神的な症状が出る疾患の中で、不安を主症状とする疾患群をまとめた名称です。その中には、特徴的な不安症状が出るものや体の病気や物質によるものなどが含まれています。
「不安症」は以前「不安障害」と言われていました。両者は同じ意味になりますが、「障害」という言葉が、重篤で治らない疾患などと誤解されやすいことから、最近は「不安症」と呼ぶことが推奨されています。不安症は、不安・恐怖の異常な高まりによって、精神的につらくなり生活にも支障をきたすような疾患の総称です。
米国精神医学会の精神疾患診断基準DSM-5によれば、以下のような疾患が不安症群に含まれます。
(1)全般性不安症(全般性不安障害)
学校のことや家族・友達のこと、生活上のいろいろなことが気になり、極度に不安や心配になる状態が半年以上続きます。不安だけでなく、落ち着きがない、疲れやすい、集中できない、イライラする、筋肉が緊張している、眠れないといった症状もみられます。
(2)社会不安症(社会不安障害)
人に注目されることや人前で恥ずかしい思いをすることが怖くなって、人と話すことだけでなく、人が多くいる場所(電車やバス、繁華街など)に、強い苦痛を感じる病気です。怖さのあまりパニック発作を起こすこともあります。失敗や恥ずかしい思いがきっかけになることも多いのですが、思春期の頃は、自分で自分の価値を認められなかったり自分に自信がもてなかったりすることから起きてくる場合も多くあります。
社会不安症では、自分でも、そんなふうに恐怖を感じるのは変だなとわかってはいるけれど、その気持ちを抑えることが難しくなります。徐々に、恐怖を我慢しながら生活したり、外出や人と会うこと(怖いと感じること)を避けるようになったりします。
(3)パニック症(パニック障害)
突然理由もなく激しい不安に襲われて、心臓がドキドキする、めまいがしてふらふらする、呼吸が苦しくなるといった状態となり、場合によっては死んでしまうのではないかという恐怖を覚えることもあります。このような発作的な不安や体の異常な反応は「パニック発作」と呼ばれており、パニック発作がくりかえされる病気をパニック症と呼んでいます。
【2】パニック障害の種類
パニック障害は不安症のひとつでパニック発作から始まります。はじめはパニック発作だけですが、発作をくりかえすうちに、発作のない時に予期不安や広場不安(広場恐怖)といった症状が現れるようになります。また、うつ症状をともなうこともあります。
■パニック発作■
パニック発作では、次のような症状が突然表れて、10分以内にピークに達します。
*動悸がする・心拍数があがる
*汗が出る
*体が震える
*息切れがする・息苦しい
*窒息する感じがする
*胸が痛い・胸苦しさがある
*吐き気・おなかの苦しさ
*めまい・ふらつき・気が遠くなる感じ
*現実でない感じ・自分が自分でない感じ
*自分がコントロールできない・変になるかもしれないことへの恐怖
*死ぬことへの恐怖
*感覚まひ・うずき
*冷たい感覚・あるいは熱い感覚がする
パニック発作はパニック障害でなくてもみられます。たとえば閉所恐怖症の人が狭い場所に閉じこめられたりした時にはパニック発作を起こすことがあります。ただしこれは特定の状況に直面した時に起きる反応で、パニック障害でみられる「予期しない発作」ではありません。
■予期不安■
「また発作が起きるのではないか」という不安をいつも感じていますか? パニック発作をくりかえすうちに、発作のない時も次の発作を恐れるようになります。「また起きるのではないか」「次はもっと激しい発作ではないか」「今度こそ死んでしまうのでは」「次に発作が起きたら気がおかしくなってしまう」といった不安が消えなくなります。これが「予期不安」で、パニック障害に多くみられる症状です。
このほかにも、いつ発作が起こるかという不安のあまり、仕事を辞めるなどの行動の変化が起きるようになるのもパニック障害の症状のひとつです。
■広場不安■
そこに行くと発作が起きそうな気がする、苦手な場所はありますか? 発作が起きた時、そこから逃れられないのではないか、助けが得られないのではないか、恥をかくのではないか、と思える苦手な場所ができて、その場所や状況を避けるようになります。これを「広場恐怖」といいます。苦手な場所は広場とは限りません。一人での外出、電車に乗る、美容院にいくなど、人によって恐怖を感じる場所は様々です。広場恐怖以外に、外出恐怖、空間恐怖ということもあります。
広場恐怖が強くなると仕事や日常生活ができなくなり、また引きこもりがちになるので友達との人間関係にも影響が出てきます。一人で外出できなくなるので、人に頼っている自分自身を情けなく思う気持ちも強まっていきます。広場恐怖をともなわないパニック障害もありますが、多くの場合広場恐怖がみられます。
【3】周囲の人による不安症のチェック
こころの病気は誰にでも起こるものです。こころの病気は自分では気づきにくい場合もあります。また、自分で不調に気づいてはいても、こころの病気だと思っていない場合もあります。事業所内の同僚や部下で、その人らしくない行動が続いたり、生活面での支障が出ている場合は、早めに専門機関に相談するよう勧めてください。周囲の人が気づきやすい変化についてチェックリストを参考に、以前と異なる状態が続く場合は、本人に体調などについて聞いてみましょう。
■チェックリスト■
□服装が乱れてきた
□急にやせた・太った
□感情の変化が激しくなった
□表情が暗くなった
□一人になりたがる
□不満・トラブルが増えた
□独り言が増えた
□他人の視線を気にするようになった
□遅刻や休みが増えた
□ぼんやりしていることが多い
□ミスや物忘れが多い
□体に不自然な傷がある
このチェックは、簡易的な質問事項だけで、うつ病やパニック障害の可能性の有無を示唆する目的で作成されたものであり、直接の面談を含む医師による診断を代用するものではありません。この結果は、あくまで目安ですので、こころの健康に不安がある場合には専門医にご相談ください。
【4】不安症で参考になるサイト
厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス」
こころの健康づくりに関する情報と医学的情報、医療・福祉・労働・年金等にわたる様々な社会的支援に関する情報、国の施策に関する情報を、一般の国民の皆様に向けて、総合的に、正確に、かつ分かりやすく提供することを目指して、厚生労働省がこころの健康や病気、支援やサービスに関するサイトとして「みんなのメンタルヘルス」を開設しています。不安症やパニック障害に関しても症状から治療法に関しても詳しく書かれています。
「こころの耳」相談窓口のサイト
仕事や職場での悩みに耳を傾けてくれる専門の相談機関・相談窓口があります。厚生労働省が監修する、働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」では、一人で悩まず、問題解決に向けて一歩を踏み出すための相談機関や窓口を紹介しています。
あとがき
事業所では一年に一回、ストレスチェックを受信して従業員のメンタルヘルスに取り組み、不安症の症状が見られる従業員がいた場合は、速やかに産業医に相談するようにしましょう。産業医 関谷剛